フード

内モンゴル料理店『草原の料理 スヨリト』/異国の店主と土地の味。Vol.33

インタビュー・土井光

2024年9月13日

異国の店主と土地の味


interview: Hikaru Doi
photo: Kazuharu Igarashi
text: Shoko Yoshida

各地のローカルな風を届けてくれる東京近郊の外国料理店の店主を、
料理家の土井光さんと巡るコラム。

『草原の料理 スヨリト』店主のスヨリトさん。

土井光(以下、土井) スヨリトさんは、モンゴルといってもお相撲さんの出身者が多いことで知られているモンゴル人民共和国ではなくて、中国の内モンゴル自治区(以下、内モンゴル)のご出身なんですね。

スヨリト そうです。内モンゴルは標高1000m前後のモンゴル高原の南部にあって、見渡す限り草原が広がっています。人口の8割が漢民族ですが、少数民族であるワタシたちモンゴル民族が今も暮らしていて、中国に居住しているモンゴル民族のおよそ8割が集まっています。お米も育たない乾燥地帯なので、食生活を主に支えてくれているのは家畜の羊。串焼きにしたり、部位ごとに塊で焼いたり、内臓から血までも料理に使って余すことなくいただきます。一頭丸々焼いて一気に平らげることもしょっちゅう。そういうモンゴル民族のラム肉文化をそのまま伝えたくて、内モンゴルから輸入した炭火焼用の巨大な窯を厨房に組み込んだことが、このお店の最大の特徴かなと思います。

現在の内モンゴルでは電気式の窯が一般的だが、「炭火で焼くからこそラム肉は美味しい」というスヨリトさんの思いから、炭火焼き仕様で特注。写真のような部位ごとの塊肉は2時間半、一頭丸焼きは5時間ほどかけてゆっくりじっくり焼き上げる。※塊肉は2日前、丸焼きは7日前に要予約

スペアリブの塊肉を運ぶスヨリトさん。一頭丸焼きとは言わぬまでも、塊肉ですら成人男性の顔より大きく、十分すぎるほど迫力がある。

厨房の奥の窯で焼いた後、最終仕上げに表面を炙り、食べやすいサイズにカットして卓上へ。

土井 ラム肉の香ばしい匂いが充満していて、厨房の臨場感がスゴい! 一頭丸焼きは現地ではどんな時に食べるんですか? やっぱりお祝いごとの日とか?

スヨリト 家族や親戚たちと日常的に食べますよ。10kgくらいの比較的小さな個体は、お店では大体10人前として提案しているのですが、モンゴル民族は4人でペロリです。4人集まったら「今日は丸焼きだね」って自然と決まります。炭火焼のラム肉は、ツァイと呼ばれる塩味のミルクティーと一緒に朝ごはんとしても食べますよ。

塊肉は、モモ、スペアリブ、肉付き背骨の部位から選べる。写真はスペアリブ大(¥5,082)。クミン入りのスパイス粉や発酵唐辛子をつけながら、手で持ってガブリつく。左下から時計回りに、お通しで出されるラムショルダーの串焼き(¥330)、ラム肉のミートパイ(¥385)、草原で育ったモンゴルニラの和えもの(¥1,078)、バターや炒めたもちあわにミルクを注いだ塩味のミルクティー(¥418)。

ラム肉にはお酒ももってこい。馬のミルクで作ったヨーグルトの乳清をアルコール発酵させ、さらにそれを蒸留させた馬乳酒(一杯¥726)は、容器の豪華さも一興。スヨリトさん曰く、「ヨーグルトのような匂いと、キャラメルのような芳醇な味わいを併せもつ草原のソウル酒です」。ちなみに、背景の清々しい草原は、3階席の壁全面に描かれているダイナミックな絵画。

土井 朝からはびっくりですが、塩分を効かせてしっかりマリネし、栄養を取っているのが分かります。独特の臭みは全然ないし、表面はカリカリで中はしっとり。この仕上がりは、焼き方に秘訣があるんですか?

スヨリト 焼き方もそうですが、特に大事なのは下ごしらえ。野菜や卵を加えたマリネ液に数時間から一昼夜漬け込むことで、焼き上がりの食感をコントロールしているんです。野菜は、トマト、にんじん、セロリ、玉ねぎ、ピーマン、生姜、スイカの皮などいろいろ。しかも部位に合わせてマリネ液を変えて、それぞれの美味しさがより引き出されるように工夫します。1500年以上も放牧生活を続けるモンゴル民族が代々受け継いでいる、ラム肉調理の知恵ですね。

6種類のモツを煮込んだスープ。羊の肉と骨からとったスープで軽く煮込まれていて、豚骨スープのような濃厚さもありつつ、あっさりとしたクセのない塩味。¥880

焼き餃子やバンシと呼ばれる水餃子もあり、もちろん餡はすべてラム肉入り。手切りした塊肉に野菜やハーブを加えており、白菜の漬け物、パクチー、セロリ、ニラの4種類から選べる。バンシ各5個入り¥825

バンシは、注文が入ってから職人が一つずつ餡を包んでいく。ぷっくりとしたフォルムが素早く生み出される工程が見事だったので、その様子もお届け。→

餡を包んで→

半分に折り畳み→

両手で包んで親指でむにゅっと押すだけで→

一丁あがり!

土井 食材が限られているからこそ生まれる料理の楽しみ方でもありますね。スヨリトさんは、その知恵をどうやって身につけていったんですか?

スヨリト 羊飼いであり料理人だった父にいろいろ手ほどきしてもらいました。父の影響で14歳から料理をするようになり、現地の調理専門学校にも通って、その後、地元で自分のレストランも開いたんですよ。

土井 すでにオーナーの経験があったとは。日本に来られたきっかけはなんだったのでしょう?

スヨリト 奥さんが2015年に日本に留学をしたのを機に、翌年に家族揃って来日しました。来日後は味坊グループの『羊香味坊』に7年間勤めて、羊の下処理や調理全般を担当していたのですが、2022年に独立してお店を始めました。

お店は3階建て。窯や炭焼き台を備えた厨房がある1階はカウンター席のみで、2階と3階はテーブル席。スヨリトさんのいとこも一緒に、汗水流して働いている。

土井 この連載の初期の頃に、味坊グループのオーナーも取材したことがありますよ。故郷と、異国の日本でお店を営むのとでは別の大変さがあるとは思うのですが、特に大きな違いってありましたか?

スヨリト モンゴル民族は肉があれば満足だけど、日本人は野菜と肉のバランスを考えて食事をするってことかな。炭火焼メニューなどに野菜を入れていますが、もっと日本人のお客さんが無理なく楽しめるメニューを考えることが課題です。

土井 モンゴルをガッツリ味わえる世界観だけど、些細なところで日本人の食事スタイルに寄り添っているわけですね。

スヨリト 今年6月には、ラム肉の茹で料理をメインにした『郷の味スヨリト』という2店舗目を北区の志茂にオープンしたり、週末は『青山ファーマーズマーケット』に出店したり、もっともっと内モンゴルの食に触れてもらえる場所を増やし中です。少数民族であるモンゴル民族の文化を、ワタシのお店を通して感じてもらえたら嬉しいので、これからも精力的に頑張っていきますよ。

土井さんからのコメント。「モンゴルという国を聞いて、私たちが思うのはやはりお相撲さんのようなしっかりとした体格のモンゴル人と壮大な草原でしょうか。でもこの第一印象はあながち間違いではないようで、家族と食を大事にし、食べるという空間を自然の中でも、丁寧に楽しく過ごすすべを知っている人たちが多いことが、今回のインタビューで感じました。大きな塊肉を丸焼きにして捌き、命をいただくこと。これは何千年も前から人間が行ってきた家族や仲間との、何よりの喜びだと思います。この素晴らしい習慣を大事にしているモンゴルの方が、日本で自国の文化を再現しレストランとして運営していることに大変感銘を受けました。店内に入り、炭火の大きな窯を見るだけでテンションが上がります。大きな塊肉やスープ、とぅるんとしたふわふわの水餃子は見た目もとても華やかで楽しい! 神楽坂という一見オシャレな街にここまでのモンゴルを表現しにかかってることにもブラボーとか言い様がありません。一つ質問をしただけで、なんでも答えてくれるスヨリトさん。素敵な笑顔とプロフェッショナルな顔を持ち合わせていて、スヨリトさんにお会いするだけでもお料理が美味しいことが分かります。是非大勢で塊肉を楽しんでみてください!」

インフォメーション

内モンゴル料理店『草原の料理 スヨリト』/異国の店主と土地の味。Vol.33

草原の料理 スヨリト

◯東京都新宿区矢来町82 ウィルズウェイ神楽坂 第二ビル ☎︎03・5579・8812 11:00〜15:00・17:00〜23:00、土12:00〜23:00、日・祝12:00〜22:00 月休

今回取材した店主の故郷について

内モンゴル自治区

◯中国領土の北側に位置し、面積は日本の約3倍。
◯内モンゴル自治区の人は、自分たちの住む場所を内モンゴル、モンゴル人民共和国を外モンゴルと呼ぶ。
◯もとは外モンゴルと合わせて統治されていたが、辛亥革命を経て1915年に内モンゴルのみ中華民国に編入。
◯以降は中国領にとどまり、1947年に「内モンゴル自治区」となる。
◯1949年に中華人民共和国が建国されてから初めての自治区。
◯人口は約2500万人。
◯南に万里の長城、西にはゴビ砂漠。
◯モンゴル語で美味しいは「アンプテェ」。


内モンゴル料理店『草原の料理 スヨリト』/異国の店主と土地の味。Vol.33

↑場所はここ↑