ライフスタイル

シングルライダー上白石/文・上白石萌歌

ひとりがたり Vol.3

2024年8月15日

ひとりがたり


photo & text: Moka Kamishiraishi
illustration: Jun Ando

大切な友人がいる。大学時代に出会った友人で、ここ4、5年で一番長い時間を共にしている存在だと言っても過言ではない。彼女はいつ会っても春の日差しのような笑顔を向けてくれる。会うだけでその1日の彩度がグッと上がるような明るさがあり、彼女みたいな友人がひとりでもいてくれたら、わたしの人生はずっと楽しいままだなと思うほどだ。

そんな彼女とわたしの恒例行事、それは、衝動に駆られたらディズニーへ行くこと。どんなにハードな日々でも、沈んだ気持ちを引きずっていても、「そろそろじゃん?」と黙ってニヤリと見交わすようにディズニーの予定はすぐ決まる。

その日は、我々ふたりにとって5回目のディズニーの日だった。曇りひとつない晴天。一歩足を踏み入れるだけで、あらゆるものが解きほぐされていくような魔法がこの場所にはあるなあ、としみじみ感動する。

ひとつ目のアトラクションに並んでいる時のこと。いつもはタフな彼女が突然、地面にしゃがみこんだ。どうやら軽い貧血のようだった。ひとまずレーンから外れ、彼女を涼しい日の当たらない場所に座らせ、わたしは自動販売機へ走る。ペットボトルの水を片手に戻ると、さっきより少し顔色が良くなった彼女がこう言った。「ほんとごめん! 助かる、ありがとう! もうちょっとで良くなりそうだから、完全に復活するまで楽しんでてもらえる?」

たしかに本当にしんどい時は、誰かと一緒にいるよりもひとりで安静にしていた方がずっと楽だ。気を遣う間柄では言いにくいことも、遠慮なく伝えてくれることがどれだけ心地よいことか。つねに潔く接していられる友達というのは稀有だ。その時わたしは、これまで彼女と積み上げてきた揺るぎのない信頼を誇らしく思い、なんだかすごく嬉しかった。

さらにはわたしはひとりを心から愛する者! ひとりをエンジョイするならディズニーでもどこでもお任せあれよ! と鼻息を荒くする。何かあればすぐに連絡して、とチュロスも献上したのち、わたしの初ソロディズニーが幕を開けた。

パーク内はどこを歩いていても夢のように美しかった。いつもはおしゃべりに夢中になって見逃してしまうようなことも、ひとりなら静かに感じ取ることができる。センター・オブ・ジ・アースの地層の重なりをほほう、と見つめてみたり、港沿いの道を散歩してみたり。こんな風にじっくり味わうディズニーも趣があっていい。

しばらく歩いていると、とある看板が目に止まった。”シングルライダー”。
これだ、まさしくこれだ! わたしを待っていてくれていたのは! と心の中で思わず叫んだ。

シングルライダーとは、乗り物にできた空席に1人で案内してもらうことができるシステム。その名の通りひとりでアトラクションを謳歌するためのものだ。長蛇の列に並ばずとも、ほんの僅かな時間で乗車できるという。
なんといっても“シングルライダー“という言葉の勇ましいことよ。わたしの胸は期待で膨らんでいた。

ぶんぶん肩を振り回したのち、”シングルライダー”のレーンに足を踏み入れる。
驚くほどがらんとしたレーン。歩けど歩けど同志は見つからず、我こそが生粋のシングルライダーだ!! と腹の底から謎の自信が湧いてくる。

レーンを進むこと40秒。あっけなくアトラクション乗車口に着いた。こんなに早く乗れてしまっていいのだろうか。心の準備がまだ…とそわそわしているうちに、気がつけば安全ベルトをしっかり締めていた。3人家族のパパのお隣にお邪魔したシングルライダー上白石。木陰で休む彼女の想いも背負わねば。心を決めてまっすぐ正面を見据えると、コースターは風を集めたのち、ギュインと前進した。

まばたきする暇もなくコースターは降車口に着いた。風をまだほんのすこし纏った髪の毛が、ばらばらとTシャツに落ちてゆく。
出発前のあのザワザワした気持ちはなんだったのだろう。むちゃくちゃ楽しいじゃん。なんだこれ、最高だ。ひとりの心細さなんて終始微塵も感じず、わたしの身体にはふしぎな達成感と高揚感が残った。
彼女から「あと15分後には完全復活!」と来たので、もう一周することにした。2度目は、どんなに叫びたくなっても恐怖を喉の奥に抑え込む”シングルライダー真顔チャレンジ”をするなどして楽しんだ。

2度のシングルライダーを終え彼女の元へ戻ると、彼女はいつもの桃色のみずみずしい笑みを取り戻していた。「ほんとありがとう、おかげで超復活! これ」と言い、彼女はわたしが大好きなアトラクション「ソアリン」のスペシャルなパスを手渡してくれた。なんていい子なのだろう。あなたはなにも悪くないのに。わたしはシングルライダーをひたすら楽しんでいただけだったのに…。彼女の心遣いにただ感動しながら、我々のディズニーは再スタートした。

その後はふたりでもシングルライダーを何度か味わった。レーンの途中までは一緒で、乗車口になるとお互いの健闘を祈ったのち別れ、それぞれ楽しむ。これまた結構良かった。シングルライダーの味を占めた我々だった。

人生だってシングルライダー。続くレーンの上を、ただひとりでライドしてゆくしかないのだ。でも彼女のような、一緒にひとりを楽しんでくれる人がそばにいてくれたら、ひとりでいることだっていいものに思えてくるんじゃないか。

シングルライダー同士、これからも一緒に、鮮やかにひとりを楽しんで行こうぜ、友よ。

無事に「ソアリン」に乗れた時の写真。友人撮。

ひとこと
8/17 SUMMER SONICに出演させていただきます。初めてのフェスに高鳴る胸! いいステージにしたいです。熱中症対策しっかりしながら、一緒にいい夏の思い出を作りましょう!

プロフィール

シングルライダー上白石/文・上白石萌歌

上白石萌歌

かみしらいし・もか|2000年生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリを受賞。12歳でドラマ『分身』(12/WOWOW)にて俳優デビュー。ミュージカル『赤毛のアン』(16)では最年少で主人公を演じた。映画『羊と鋼の森』(18/東宝)で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作にドラマ『義母と娘のブルース』(18/TBS)、『教場Ⅱ』(21/フジテレビ)、『警視庁アウトサイダー』(23/テレビ朝日)、『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』(23/TBS)、『パリピ孔明』(23/フジテレビ)、『滅相も無い』(24/MBS)など。adieu名義で歌手活動も行う。

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