カルチャー
大道兄弟が作る“この世に一冊”のハンドメイド写真集たち。
Handmade photo books created by the Daido brothers
2023年11月29日
企画、撮影、デザイン、製本まですべて自作の「この世に一冊だけ」の写真集。
きっかけはある日、雑誌『Subsequence』編集長の井出幸亮さんのもとに届いた一通の封筒。送付元は長崎県で、送り主の名は「大道優輝」。そこには、『Subsequence』を読んだ感想の手紙とともに、どこから見ても「自家製」と思しき写真集とエッセイ集が同封されていた。その2冊を読み、内容の素晴らしさに感銘を受けた井出さんは大道さんに手紙で返信。メールでのやり取りを経て、彼が双子の弟とともに「大道兄弟」として活動する京都在住の写真家であると知った。今回、その兄弟(優輝&康輝)がこれまでに作った自らの作品を手に、東京の井出さんのアトリエを初めて訪れた。
井出
今日は京都から写真集をたくさん持ってきてくれてどうもありがとう。これらは全部、2人で作った本なんですか?
優輝
はい。一冊だけ印刷会社で100部ほど刷りましたが、それ以外はすべて僕らでプリントからデザイン、製本もやっています。
井出
全部自分たちで? すごい。セルフパブリッシングというと「ZINE」的な冊子形態のものか、あるいは「自費出版」的な書籍を想像するけど、これらはオールハンドメイドの私家版、どれもが「この世に一冊だけしかない本」ということですね。
優輝
今日持ってきた十数冊はここ8年くらいに作った本の半分くらいですかね。もう半分は人にあげたり、お金に困って売ったり(笑)。僕らも最初はホチキスで留めただけの簡易なもので、1週間に1冊くらいのペースで作ってたんですけど、途中からだんだん本作りに凝り始めてしまって。
本作りの初期衝動が伝わるハンドメイド私家版写真集たち。
井出
本作りの知識は誰かから教わったんですか?
康輝
独学です。ネットで調べたりして……だから作りは雑です。表紙だけ「キンコーズ」で出して、中面はコンビニでプリントアウトしたりとか。
井出
カバー、帯、栞まですべて自作なのがまたいいね。
優輝
そうですね。本の帯というものがなぜあるのか、自分で作ったらわかってくるのかなと思って。本を作り始めたのも、なぜかわからないけど写真集が好きで、感じてしまうものがあって。でもそれが何だかよくわからないから、とりあえず自分たちで作ってみて考えていこうと。
井出
「わからないから作った本」。一般的な本作りではデザインはデザイナーがやり、印刷は印刷所がやる。データを入稿すれば出来上がってくるけど、その工程を自分たちでやれば、色々なことがわかると。こうして並べてみると本作りの初期衝動、原初的な魅力みたいなものを感じるし、どの本もものすごい存在感があります。著者名が「大道兄弟」となっているのは写真も2人で撮っているということですか。
優輝
はい。もともとは2人で別々に本を作っていたんですけど、やっていくうちにだんだん混ざってきて。文章も混ぜ合わせたりしてますね。まず自分が書いて、そこに弟が書き足したりとか……。意見が割れることもありますけど、そこのコミュニケーションが面白くて。どちらかが撮ってもう一方が編集してとか、本の前半の写真は僕、後半は弟とか、分担を決めれば早いんだろうと思いますけど、そうじゃないものを見たかったので。ただ、その作業を弟以外の人とできるかといったら難しいと思います。
井出
グループで活動している写真家自体が珍しいけど、しかも2人は双子。世界的に見ても稀な存在じゃないかな。この小さな写真集『NAVY BLUE』は優輝くん単独の名義ですね。
優輝
これは2年前、僕が自衛隊にいた頃に作ったものです。営内に入寮すると外部と連絡も取れないし、外出も自由にできない。カメラも持ち込んではいけない。それで、わずかな外出の時間に毎回、街の証明写真機で写真を撮って、それを購入したタバコのパッケージに貼って、弟に送っていたんです。「元気にやってるよ」という手紙の代わりみたいな感じで。製本の糸は、制服などの裁縫をするために支給される糸を使いました。
井出
全ページがタバコのパッケージ! 「写真集とはこういうもの」という既成概念にとらわれず身近にあるものを使って自由に表現しているのが本当に素晴らしい。ところで、優輝くんはどうして自衛隊に入ったんですか。
優輝
いやあ、とにかく現状を変えたくて、どうしたらいいかわからなくて……。でも入ってみたら意外とそういう人が多かったです。社会にうまく馴染めない人、会社がつぶれた人、借金がいっぱいある人とか……僕もどこに行ってもうまく適応できないようなところがあったので。
井出
送ってくれた優輝くんのエッセイ集『タイム アフター タイム』にも、昔ヒッチハイクで旅していた頃やイギリスでスケートボードしていた頃の、周囲との微妙な温度差やモヤモヤとした感情がすごくていねいに書かれていて、とても興味深く読みました。そういえば、僕に送ってくれた手紙は長崎からでしたね。
優輝
はい、短期間暮らしていました。今は2人とも京都に住んで、写真集の出版社「赤々舎」でアルバイトしています。
井出
撮った写真を発表する機会は? 展示したりとか。
優輝
展示はしたことないです。今までは展示をすることの意味があまりわからなかったんですけど、最近はちょっと考え始めています。写真集は一冊しかないので、自分たちが見てほしい人の元を直接訪ねて、見てもらったりしています。顔の見えない多くの人に見てもらうより、そういうほうがいいなあと思って。ただ、まったく面識のない人に本を送ったのは井出さんが初めてだったんです。まさか返事が来るとは思っていませんでした。
井出
『Subsequence』はどこで見つけてくれたんですか。
優輝
長崎のあるショップで、「写真やってるならこれ読んでみたら」と紹介されたんです。買ってみたらすごく面白くて、バスの中で読みふけりました。すぐ弟に「すごい雑誌がある」と連絡して。雑誌の中には世界中の工芸家からアーティスト、車の修理工まで色々な人が出ているけど、そこには何か共通しているような感覚があって。自分たちと同じようなことを考えている人がいるんだ、とすごく勇気づけられたんです。他人にわかりやすいように自分をどこかにカテゴライズしなくても、ただ自分が感じたことを集めていけば伝わるものがあるんだと。
井出
そう感じてもらえたことがすごく嬉しいです。2人の撮る写真もエッセイも、テーマやジャンルは決められていないけど、読んでいくうちにぼんやりとだけど確かに伝わってくるものがある。自分の目で見たもの、体験したことが、解釈を急がずにそのまま投げ出されているような感覚というのかな。現代はすぐに消費できるわかりやすいストーリーばかりが流通しているけれど、実際に僕らが生きている中では、すぐには意味がわからないことや、後から「あれって一体何だったんだろう」とか思うことがたくさんあるわけで。2人の作品にはそうやって考える余白みたいなものがあるところがいいなあと。
康輝
自分が写真集を見るのが好きなのも、それがありますね。写真って映画みたいに動いたり音が聞こえたりするわけでもない。ちょっと「足りない」感じがする。そこが面白くてやっているのかもしれません。
井出
雑誌という媒体はそもそも情報が多いので、あまり語り過ぎない、説明しすぎないように気をつけているんです。そのほうが「情報じゃない何か」がダイレクトに伝わると思うから。僕は雑誌の中に書いてある内容以上に、それを読んでいるときの「気分、アトモスフィア」みたいなものを読者に感じてほしいと思って作っているところがあって。2人の写真もこうして写真集としてまとめられることで初めて伝わるイメージやムードがありますよね。
康輝
本当にそう思います。装丁が違うだけでも印象がまったく変わってきます。
井出
わかりやすくすぐに理解されるものでなくても、一冊の本を作ればいつかどこかで誰かが読んで、「情報じゃない何か」をキャッチしてくれる。だから自分が体験したこと、感じたことをそのまま表現していけばいいんだと、僕自身も2人に改めて教えてもらった気がします。
優輝
僕が長崎でたまたま『Subsequence』に出合って感動して手紙を書いて、今ここでこうやって井出さんとお会いしていることがすごいなあと思います。ネット上なら人が簡単に繋がれるといわれるけど、やっぱり本があったからこんなふうに出会えたのかなと。本が自分たちを導いてくれているような気がします。
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