カルチャー

クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.18

紹介書籍『おれに聞くの? 異端文学者による人生相談』

2023年8月15日

見てきた物や聞いたこと いままで覚えた全部 でたらめだったら面白い

社会人になって高円寺で一人暮らしを始めた頃、「直感」と自筆で書いた紙を壁に貼っていた。

社会に揉まれる中で、他人の目や上司の顔、常識、会社のルールなどに自分が飲み込まれそうな気がしたのか、部屋で一人「直感を大事にしなければ」と思い立ち、その辺にあったチラシの裏にマジックで「直感」と書き殴って壁に貼った。

朝起きたら直感。疲れて帰宅して直感。歯を磨きながら直感。スケベな動画を観たあとも直感。貼り紙による刷り込み効果から、徐々に直感に身を任せた衝動的な行動が増えていき、やがてパンクバンドに加入、翌日のことなど気にせず連日朝まで酒を飲むようになり、ネクタイもベルトもせずに二日酔いで出勤して上司に怒られたりした。

パンクスは、価値基準を「社会」や「常識」といった自分の外側に置かない。「衝動」や「情熱」といった自分の内側、心のずっと奥の方に置く。一方で、社会人の価値基準は「ルール」や「他者との比較」といった自分の外側に置くことが多い。

私の部屋に貼った「直感」という貼り紙は、ある日終電を逃した会社の同期が泊まりにきた時に目撃され、馬鹿にされ、社内で「あいつはスピってる」みたいな噂が広がり、恥ずかしくなって破いて捨てた。世間の目に、私の直感は負けた。

意識しないと、直感は理性に支配される。意識しないと、「自分はこうしたい」よりも「○○なら△△すべき」という思考に支配される。そしていつのまにか、どう頑張って意識しても、世間の目や社会の常識を自分の思考回路からこそげ落とせなくなっていく。仕事、金、時間、生活。悩みや葛藤は、自分の心の奥から湧いてくるのではなく、だいたい自分の外側からやってくる。

「直感」と書いた貼り紙を馬鹿にした同期は今ごろ出世して豊かな暮らしをしているのだろうと、他者との比較を通じて自分を否定し、自分はどう生きるべきなのか思い悩んでいたところ、『おれに聞くの?異端文学者による人生相談』を読んで、もう一度「直感」と書いた紙を壁に貼ろうと思った。四十代を目前にして、やっぱり他者との比較ではなく、自分の内側、心のずっと奥、直感に身を任せてもっと適当に生きたいと思った。

本書は芥川賞作家の山下澄人が読者からの質問や悩みに答える人生相談本だ。普通そういった類の本であれば相談者に対し、親身になって寄り添いつつ、人生の先輩として豊富な知識と経験に基づき、ウィットに富んだ文章で解決に導いていくことが多い。しかし本書において著者は、親身になって寄り添うことはせず、人生の先輩面もせず真顔で、豊富な知識と経験というよりも感覚に基づき、飄々とした文章で相談事が解決するのかしないのかわからない回答を返している。

さまざまな悩み事が寄せられ、一つ一つの回答は異なるが、著者が一貫しているのは、それらの悩みは社会、世間、システム、他人といった自分の外側からくるものだということを気づかせ、「適当」「なんとなく」「かん」「運」「どうにかなる」といった言葉を使って回答するスタンスだ。

これらの単語を一見すると、悩みを解決するための根拠がなく、具体性もなく、計画性もなく、適当な態度のように見えるが、まさにその通りで、それこそが本書の肝だ。根拠なく、具体性も計画性もなく、適当に生きるとはすなわち、価値基準を自分の外側ではなく内側に置き、騙されず支配されず、直感に身を任せ、衝動的に生きるということだ。

「幸せを感じるにはどうしたらいいですか」という質問に対し、「見てきた物や聞いたこと いままで覚えた全部 でたらめだったら面白い そんな気持ちわかるでしょう」というブルーハーツの歌詞を引用し、生きることの楽しさを綴る回答が白眉。十代の頃に初めて聴いて「いいな」と思ったけど、年齢を重ねるほど面白みの増す歌詞だなと本書を読んで思った。

相談に対する回答の内容だけでなく、在り方にパンクを感じる名著。

紹介書籍

『おれに聞くの? 異端文学者による人生相談』

著:山下澄人
出版社:平凡社
発行年月:2023年5月

プロフィール

小野寺伝助

おのでら・でんすけ|1985年、北海道生まれ。会社員の傍ら、パンク・ハードコアバンドで音楽活動をしつつ、出版レーベル<地下BOOKS>を主宰。本連載は、自身の著書『クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書』をPOPEYE Web仕様で選書したもの。