カルチャー
クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.11
紹介書籍『出セイカツ記 衣食住という不安からの逃避行』
2022年11月15日
text: Densuke Onodera
edit: Yu Kokubu
魂のセーフティネットをDIYでこしらえる
音楽で飯食って生活をする。と、いうのは商業的に成功したミュージシャンの生活であって、パンクスの生活はその逆。生活して飯食って、そんで音楽を奏でる。
生活するためには、労働をする。労働して得た収入で家賃を払い、好きな服を纏い、飯を食い、酒を呑み、屁をこき、生活をする。その中で漏れ出した感情を音楽にして吐き出す。パンクとはワーキングクラス(労働者階級)の音楽であるとよく言われるけど、労働者階級という単語になじみがない私達の言葉に言い換えるなら、生活者の音楽だ。
で、この生活とやらにはどうにも不安がつきまとう。働けど暮らしは楽にならず、収入は中々増えないのに、不動産価格は上がりまくって夢のマイホームなんて文字通り夢になりつつある。かといって、いまの家賃を80歳になった自分が払い続けられるのかと思うとゾッとする。食料品の値上げもちびちび飲む安酒みたいに効いてくる。
最近「不労所得」という言葉をよく目にするようになった。ええやんけと思って調べてみるとそれはつまり株や不動産で資産運用をして持ち金を増やすという方法で、それによって経済的自由を獲得することをFIREというらしい。経済的自由だなんて羨ましい気もするけど、それは新自由主義に薪をくべて自らの懐を暖めて、格差や分断を見てみぬふりして自由という景色を眺めているような感じがしちゃって、パンクスが掲げる自由と独立とはちょっと違う。
もうすこし違った方法で生活の不安を解消し、自由や安心感を獲得する方法はないのだろうか。そんなことをぼんやり考えながら本屋さんで偶然手にとった『出セイカツ記 衣食住という不安からの逃避行』は、私にとって魂のセーフティネットみたいな本だった。
私と同様、生活に漠然とした不安を感じていた著者のワクサカソウヘイは、不安の出所を「真っ当な衣食住という呪い」だとして、こう述べる。
「衣食住にまつわる固定観念をあきらめることこそ、『将来に対する漠然とした不安』に対抗できる唯一の手段なのではないか」(P.19)
この仮説をスタート地点として、著者は生活にまつわる固定観念を疑い、不安を払拭するための様々な実験を試みる。例えば、食への不安に対し、磯で魚突きだけで食料を調達する生活をしてみる。衣服への疑問に対し、服を捨てて全裸で生活をしてみる。お金や労働への不安に対し、拾った石を売ってみる。
真っ当な衣食住から逸脱して、真っ当ではない衣食住を実験してみた結果、見事に不安を払拭して自由を獲得したかというとそういうわけでもなく、結局不安は消えることなくつきまとう。だが、その過程で著者は楽しんだり苦しんだりしながら自分なりの生活哲学を深めていく。固定観念を手放すことで、新しい視点を獲得していく。
「これまでなにが不自然だったのか、なにに無理があったのか、そうしたことを明らかにしながら、私たちは暮らしを再構築し、この世界にまた付き合っていく。あきらめることは、重要だ」(P.188)
真っ当な“あるべき姿”という固定観念は、親族から直接植えつけられることもあるし、広告やメディアなどの影響でいつのまにか染みついていたりする。その姿とのギャップが不安となり、苦悩となる。著者の言う「固定観念をあきらめる」とはつまり、生活における当たり前を疑い、逸脱し、別の視点から世界を眺めて、自己の在り方を再構築するための積極的なあきらめだ。
真っ当かどうかの判断を他人のモノサシに委ねない。安心の材料を市場の原理に委ねない。自分で考えて、試行錯誤しながら、自分の暮らしを構築していく。ユーモアでもって、不安すらエンターテイメントにしながら生きていく。そんな著者の姿を通じて、不安と共に在る生活を続けていくための勇気をもらえたような読後感。
パンクが生活者の音楽であるように、本書は生活者の書物だと感じた。
紹介書籍
出セイカツ記 衣食住という不安からの逃避行
著:ワクサカソウヘイ
出版社:河出書房新社
発行年月:2022年10月
プロフィール
小野寺伝助
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