カルチャー
美術展「Terry Winters: IMAGESPACE」レビュー。
クリティカルヒット・パレード
2023年4月17日
illustration: Nanook
text: Chikei Hara
edit: Keisuke Kagiwada
毎週月曜、週ごとに新しい小説や映画、写真集や美術展などの批評を掲載する「クリティカルヒット・パレード」。4月の3週目は、原ちけいさんによる「Terry Winters: IMAGESPACE」展のレビューをお届け!
自身を取り巻く自然やテクノロジーがもたらす摂理を、抽象絵画表現によって視覚的に拡張する画家テリー・ウィンターズの個展「Terry Winters: IMAGESPACE」が、5/20まで表参道のファーガス・マカフリー 東京で開催されている。
1949年にニューヨーク州で生まれた彼は、キャリアの初期より植物や貝類、細胞や結晶構造といった生物学的な形態がもつ造形性に基づいた作品を制作している。テリーの絵画で特徴的なのは有機的な構造体と情報体系の連なりが、折り重なるようにして画面を構築する点にある。細胞や核、結晶、遺伝子をはじめ自然界にある分子構造を合成した組織体かのように描かれ、無機質なグリッドと組み合わさることで互いに干渉し合いながらも相反する、ミクロとマクロを行き来するような視野が画面内にもたらされる。そうしたテリーの関心はキャリアを重ねるとともに、世界的にコンピューターなどのデータ科学が技術発展するにつれて変化がもたらされる。有形物から生物学的なプロセスや情報空間、数理、建築、工学に至るまでより概念性を帯びた多岐にわたるエビデンスが、彼の思考を通して幾重にも参照され、テリーが趣味として収集している科学的な図版や文献から引用したファウンドイメージも時として表出するようになる。それは自然界や学術、仮想のサイバースペースから引用した具象の形態をトポロジカルな構造として理解することで、絵画による認知レベルでの抽象表現を模索しているようでもある。また、1980年代初頭に流行していたカラーフィールド・ペインティングやポスト・ミニマリズムに対して批判的であったテリーは、形式的/理論的な美術作品のあり方を更新する試みを実践している。古典的な西洋絵画の油絵技法を踏襲して顔料やメディウム、オイルを巧みに使いこなす、卓越した技法への理解と描写力もまた彼の表現の大きな魅力である。
開催中の本展では、2022年に制作されたリネンキャンバスと紙が支持体の作品6点が出展されている。「Point Arrey」(2022)はコバルトブルーの下地をベースに、システム化され等間隔に置かれたドットと斑らな網点が描かれ、全体に空間的な拡がりと補助的なリズムの緩急がもたらされている。リネンキャンバスに油彩、ワックス、レジンで描かれたこの作品は、様々な色彩が積層し細やかな表情をもたらした上に乗る、透明層のマチエールによる大胆な筆跡が印象的である。また、「cycle」(2022)は、赤血球のような赤いモジュールが、並列する赤い円を裏拍のように指標する下地色の円によって多元的な奥行きを見せている。一方でこの画面の細部には、サイ・トゥオンブリーを想起させる視覚的にリズミカルな筆跡まで描かれている。会場奥にそびえる「Yellow Ground」(2022)は、90年代ごろのテリーの作品を思わせる楕円形のフォームを伸ばしたパターンと垂直のラインによって構成され、赤と青のトーンがセル(細胞)のエッジを縁取り、テッセレーション状(2D画像を3Dとして表現するときにポリゴンメッシュをより細かく分割すること)に並ぶことで、有機的な球体が増殖しているかのように想わせる。
自律性を帯びながらも複雑な要素が絡まり合う一連のイメージには、絵の具の物体が図像に変わりシンボルとシグナルを循環するような、捉えどころのない瞬間まで描写している。それはまるで知覚を通して具象的な世界の中を混ざり合うような抽象的な想像力によってもたらされている。あらゆる種と存在によって体系的に構築されるネットワークの関係性を、知性や空間を通して思考することは、ある種普遍的でエコロジカルなアプローチであるともいえる。情報空間としても絶え間なく変容し続ける今日の環境を、絵画という物質的な想像性によって、可視的なエネルギーとして表現するテリーの作品は必見である。
レビュアー
原ちけい
はら・ちけい | 1998年生まれ。写真、ファッション、アートを中心に、幅広い分野でのリサーチや執筆、キュレーション等を行う。主に携わった展示企画に「遊歩する分人」(MA2 Gallery,東京,2022)、「新しいエコロジーとアート」| HATRA+synflux(東京芸術大学美術館,東京,2022)、「不在の聖母」(KITTE丸の内,東京,2021)など。
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