カルチャー
月曜日は批評の日! – 写真集編 –
2023年3月13日
illustration: Nanook
text: Runa Anzai
edit: Keisuke Kagiwada
毎週月曜、週ごとに新しい小説や映画、写真集や美術展などの批評を掲載する「クリティカルヒット・パレード」。3月の2週目は、編集者の安齋瑠納さんが、トマ・ルセの写真集「PRABÉRIANS」をレビュー!
ローザンヌとパリを拠点に活動するフォトグラファー、トマ・ルセの最新作「PRABÉRIANS」。フランスとスイスの国境に位置する小さな農村、プラベールを舞台にそこに暮らす人々(=PRABÉRIANS)と彼らの生活を10年以上に渡り撮影したシリーズだ。プラベールは、ルセが幼少期を過ごした場所。写真家が故郷を再訪し、写真集をつくるということ自体は珍しくはないが、本作がそうした作品と大きく異なるのは、純粋に撮影されたドキュメンタリー写真とセットアップされたコンセプチュアル写真がランダムに混在するドキュメンタリーフィクションという点だ。
例えば、YAMAHAのバイクに裸でまたがる赤ちゃん、森の中で車を燃やす青年二人組、真っ赤なカヌーの上でレフ板を掲げるのは同じく真っ赤なボディペイントを施した中年男性……。苔の布団を被るように地べたに寝そべる女性はなぜかピカピカの腕時計を身につけ、そのシチュエーションと身なりの矛盾が強烈な違和感を与える。ルセが脚本と演出を担当し、プラベールの農村を舞台にプラベリアン達が演じる。そんな演劇要素に溢れた写真群は、ルセが幼少期、そして本作の長期に及ぶ制作期間を通して、住民と築き上げてきたウィットに富んだ共犯関係と信頼関係を証明する。
そうした一風変わった写真の間にシークエンスされるのは、農村の豊かな自然を情緒的に写し出した風景写真やノスタルジックなモノクロ写真だ。木の幹を覆い尽くす苔と白カビ、年季の入ったパイプ、ほとんど腐ってしまい原型をとどめていな林檎、そして、いまではまったく電波を受信しないであろうブラウン管テレビ。こうした時間の経過やそこに暮らす人々の歴史を印象付けるようなドキュメンタリー写真が、非日常的な要素を存分にはらんだコンセプチュアル写真と並列して提示されることで、それぞれのリアリティと虚構を相乗効果的に強調している。
さらに、特筆すべきが本作の装丁だ。厚みのある立派なハードカバーの表紙を開くと、通常は接着されている背表紙部分があらわになる。これは、スイス製本と呼ばれ、ルセがスイスを拠点のひとつに選んでいることに由来していると想像できる。中身は糸中綴じのテープ製本。斤量の軽いコート紙は、写真が裏側から透けて見えるほどに薄く(しかし印刷のクオリティはすばらしい)ハードカバーの見た目とは対照的にノートパッドをめくっているような軽快な作りになっている。重厚感のある手触りを期待してハードカバーの表紙を開くと、パタンと倒れるように背表紙が現れるデザインは、本作のシークエンスに象徴されるドキュメンタリーとそれをいい意味で裏切るような滑稽なコンセプチュアル写真との対比を彷彿とさせる。加えて、本作の(ハードカバー以外の部分の)タイトルと文章で用いられているフォントにも注目してほしい。トーマス・ブヴィルというグラフィックデザイナーが制作したDédale(フランス語で迷路という意味)というフォントは、セリフ体とサンセリフ体をベースとした対照的な二種のフォントがミックスされたデザインを採用している。こうした写真集の内容と整合性の取れた細やかなアートディレクションは、グラフィックデザイナーとして数々の経験を詰んできたデュオが立ち上げた出版社Loose Jointsの得意技と言える。
本作の最後には、ロンドンを拠点とするライター兼映像監督、フェリックス・バザルゲティによる架空のプラベール旅行記が記載されている。「ロンドンからユーロスターに乗り、パリでDGVに乗り換えて…」というふうにはじまる文章だが、彼は実際にプラベールには訪れておらず、結局トマ・ルセ本人には会えずじまいで(それすら事実かは定かではないが)プリントとそれらに関するルセが書いた文章という限られた情報を元に、空想でこの旅行記を随筆したという(あくまでも設定だ)。写真、装丁、さらには文章に及ぶまで、全体を通して鑑賞者を良い意味で欺くような遊び心が散りばめられている包括的なクリエイティブディレクションにも感心せずにはいられない。
本作を手にしてからプラベールという村がどんな場所なのか気になり、インターネットで検索してみたが、村の観光案内やWikipediaページは見つけられなかった。「もしかしてこの村自体存在していないという写真家とライター、出版社が仕掛けたドッキリなのか?」 と一瞬疑ったが、Google Mapで何度もズームを繰り返して無事にプラベール村を見つけることができた。そして、その事実にどこかほっとしている自分がいた。
レビュアー
安齋瑠納
あんざい・るな | 1995年、長野県生まれ。2011年に渡英。ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション、ファッションフォトグラフィー学科を卒業後、2017年に帰国。以降、東京を拠点とするクリエイティブエイジェンシーkontaktでプロデューサーとして従事しながら、写真やファッション関連の執筆を行う。
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