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こんな仕事があったのか!/Sony編 Vol.6
No.06: コミュニケーションデザイナー 渡辺智也さん
2023年3月31日
illustration & cover design: Masaki Takahashi
photo: Kazuharu Igarashi
text: Neo Iida
edit: Kyosuke Nitta
ソニーのあらゆるデザインを司る、クリエイティブセンター。1961年に誕生して以来、多くのデザイナーたちがこのデザイン室から斬新なアイデアを生み出し、カメラ、スマートフォン、テレビ、オーディオなどのプロダクトのみならず、エンタテインメント、金融まで、幅広いデザインの可能性を追求し続けてきた。
「こんな仕事があったのか!/Sony編」は、魅惑のクリエイティブセンターの門を叩き、最前線で働くデザイナーに会いに行くスペシャル企画。最終回を飾るのは、コミュニケーションデザイナーの渡辺智也さん。新卒でソニーに入社して以来、ノートパソコンのVAIO®のパッケージデザイン、ワイヤレスポータブルスピーカーのXシリーズやゲーミングギアの新ブランド「INZONE™」(インゾーン)などのあらゆるビジュアルを手掛けてきた。素顔はゲーム好きで、一児の母でもある渡辺さんの、パワフルなデザイナー生活を覗いてみた。
品川生まれ品川育ちが見た、地元のソニー。
さあ、いよいよ最後の調査だ! そういえば第2回の参木玲子さんも同じコミュニケーションデザイナーだったけれど、イギリスで働く参木さんと日本拠点の渡辺さんとではアプローチも違う気がする。さらにこれまでお話を聞いてきたデザイナー陣はみんな中途採用だったが、渡辺さんは新卒入社。クリエイティブセンターの生え抜き社員って、どんな学生時代を過ごしてきたんだろう。早速聞き込みに向かった。
「小学校の卒アルの将来の夢に『有名なデザイナーになる』って書いてあったんですよ。それは確か、『美容師さん』という意味で書いた記憶があるんですけどね。でも絵を描くのは好きで、小学校の頃は友達と月刊誌を作ってマンガを連載してました。そこから時を経て、大学に進むときも普通の学部を選ぼうと思ってたんですけど、受験ギリギリで『なんか違うな』と。美大というものがあると知って、浪人してでも行こうと思ったんです。そこで初めて同じ目標に向かう仲間と合流して、一気に自我が開花する感じでした」
ふっと小さい頃の夢を思い出すことって確かにある。こうして渡辺さんは大学ではコミュニケーションデザイン学科に進学。目指すはコミュニケーションデザイナーだけれど、プロダクトデザイナーとばかりつるむようになったという。
「ガジェット好きということもあってプロダクトデザイナーを目指す学生と話すことが多かったです。彼らが目指すのはソニーや国産自動車メーカーのような有名な企業ばかり。みんなの話を聞いて、『カッコいいな』と共感してました。あるとき、一緒にいた友達から『ソニーにコミュニケーションデザイナーの募集があるよ』と聞いて、すぐ応募しました。『え、それ私ですやん!』と思って(笑)」
目立ってやろうと思った渡辺さんは、「ソニーといえばブラック&シルバー」のイメージを踏襲し、真っ黒の封筒を自作した。応募書類をその封筒にいれて送ったところ、見事合格! 友達から聞いた採用情報がキャリアに繋がったわけだけれど、実は渡辺さん、そもそもソニーに対して親近感があったらしい。
「生まれも育ちも品川で、ソニー本社のあるこの辺りはめっちゃ地元なんですよ。だからいつも近くにソニーがあるイメージでした。大崎駅西口にある両親の知り合いの居酒屋に行くと、お店のおじさんが『ソニーの社員さんよく来るよ』って。なんとなくそれっぽい大人を見ては、『きっとソニーの人なんだろうな』と思ってました。それがずっと心のなかにあったというか」
日本が誇る“世界のソニー”は、渡辺さんにとっては“地元のソニー”だったのか。そのローカル感、なんかいいなあ。それに、子供の頃に選ぶ電化製品は決まってソニーのものだったんだそう。理由はシンプルで、カッコいいから。デザインのことなんて何もわからなくても、ぐっと引きつける魅力がソニーの製品にはあったのだ。だから、入社してすぐに自分が買った製品は誰がデザインしていたのか聞いて回ったという。
「なかでも私はVAIOのロゴデザインが好きだったんですけど、ネーミングとロゴを担当したのがプロダクトデザイナーの後藤禎祐さんだったと聞いて驚きました。初代PlayStation®をデザインされた超大御所ですが、製品そのものをデザインするプロダクトデザイナーという立場でありながら、その名前やロゴまで考えることができる。垣根のない自由な社風なんだなと、入社して改めて気付かされましたね」
大学を出たばかりでクリエイティブセンターに身をおいた渡辺さんは、そんな垣根のなさをまざまざと実感したらしい。
「上下関係がなくて、みんな精神年齢が若いんですよ。ノリもいいし、喋りやすいし、聞きやすい。多分30歳くらいで時が止まってるんだと思う(笑)。先輩からはノウハウを聞けるし、後輩には『最近は何が流行ってるの?』ってコミュニケーションできるから、めちゃくちゃ風通しがいいですね。それに、みんな人間力がすごい。中途採用の方も多いので、以前の環境について話を聞くだけでも面白いんです。」
ターニングポイントは、VAIOのパッケージデザイン。
渡辺さんの担当は、プロダクトのコミュニケーションデザイン。開発者たちの「こういうことを伝えたい」という思いをまとめて具現化していくのが仕事だ。その領域も、時代とともに広がってきているという。
「昔は、『パッケージだけお願いします』って言われることが多かったんです。でも、もうそれだけでは選んでもらえない時代なので、コンセプトの立案からはじまり、ネーミング、トンマナ、ロゴ、パッケージ、ガイドライン、全部やってます。プロダクトにまつわるデザインが統一されてないと、バラバラなことをやっていると思われてしまうんですよね」
ターニングポイントとなったのは、「VAIO」のビジュアルアセット制作とそのパッケージデザインだ。当時はデザイナーとして、パッケージデザインを任されたという。
「それまでのVAIOは、高いモデルは高そうな箱で、安いモデルは茶色いダンボールの箱だったんです。でも、例えエントリーモデルのVAIOでも、『バイトしてようやく買えた!』っていうお客さんもいるかもしれないじゃないですか。価格で差をつけるのは私たちのエゴでしかない。私はそう考えて、全モデルのパッケージを同じデザインでまとめたんです。高くても、安くても、同じブラックのデザイン。それを認めてもらえて、実際に販売されたというのが大きかったですね。自分が違うと思って提案したものが通る会社なんだって」
パッケージに関しては、学生時代に疑問を抱いたこともあった。プロダクトは先進的でカッコいいのに、製品写真とスペックがびっしり書かれた箱に入ってくる。ソニーに限らず、90年代くらいまでは多くのメーカーが「箱」に対してデザイン性を求めていなかったのだろう。
「せっかく製品がカッコいいのにもったいない。自分が学んできたコミュニケーションデザインで、何か貢献できるんじゃないかなと思ったんですよね」
「VAIO」のプロジェクトでは、商品紹介のイメージカットもブラッシュアップ。生活感の感じられるデスクにVAIOを置き、使っている人の存在が感じられるような、温かみのあるビジュアルを作り込んだ。
お客さんの視点に立って「何か違う」と感じた違和感を、「こうしたらもっとよくなるのでは」とプラスの提案で塗り替えていく。なるほど、それがコミュニケーションデザインの真髄なんだな。
Z世代の動向とトレンドから紐解いた、Xシリーズ。
アートディレクターとなった今では、プロダクトに関する目に見えるもの全てが渡辺さんの担当する領域だ。パッケージやウェブ、店頭展開用のあらゆるビジュアルを作るにあたり、モデルの人選とフィッティング、ビデオのディレクション、製品の撮影、店頭展示デザイン、ローンチイベントのデザインなどなど、仕事内容は多岐に渡る。どんな思考でプロダクトと関わっているかがわかるのが、ワイヤレスポータブルスピーカーのXシリーズだ。
「開発が始まったのがちょうどコロナ禍に差し掛かった頃で、Gen Z(Z世代)の動向と、音楽のトレンドの移り変わりを肌身で感じていたんです。ドンツカドンツカなEDMの時代とは異なる、ジャンルレスで、音も音楽も人も自由で、個人が主役になってる感じ。パーティから、自宅を中心としたミニマムなコミュニティに向かっている。プロダクト担当の人たちがコロナ前に行ったフィジカルなリサーチと、チームのみんなのデスクリサーチをまとめてプレゼンをしました」
「派手さはあるけれど、リアルでワイワイしているわけじゃない」「ひとりでいてもSNSでは緩やかに繋がっている」というトレンドを読み取り、どんなふうにアプローチすれば、手に取ってほしい人の元に届くかを考えたという。
「インスタグラムみたいな感じでフレームで切って、個人個人で楽しむけど、群で見せても群れているように見えない、そういうデザインを提案しました。さらに広告としては細かいフィーチャーを盛り込みたくなるものですが、『防塵! 防水! 光ります!』みたいな内容を一枚の絵の中に落とし込んでも、Gen Zの人たちには響かないという話をしました」
出来上がったXシリーズのキャンペーンムービーはこちらから。コピーの「LIVE LIFE LOUD」を体現する、今の気分にぴったりのスピーカーが生まれた。
好きが高じた集大成。INZONE。
最新の仕事は、2022年に発売されたゲーミングギアのINZONE。ソニーがこれまで培ってきたノウハウを活かし、モニター2機種とヘッドセット3機種をラインナップした。渡辺さんは、進んでこのプロジェクトに手を挙げたという。
「私はゲームカルチャーにめっちゃ影響されている人間で、微力でもいいから業界に貢献したいと思ったのがきっかけです。ファミコン世代なので、ゲームを通して想像したり、妄想したり、調べたり、目標に向かって努力したり、繰り返しチャレンジしたりするワクワク感を体験してきたので、いつか関わりたいと思っていたんです。私たちはゲーミングギアメーカーとしては後発なので、店頭にパッケージが並ぶときにグラフィックの力で頑張りたいなと思いました。例えば、ロゴのレギュレーションにも挑んだんです。普通ロゴって文字周りにアイソレーション(余白)を取るのが普通なんですけど、ダイナミックにそのまま行ってしまおう! って」
プロジェクトが動き出したのはコロナ禍真っ只中。しかもモニターはテレビ事業部、ヘッドフォンはオーディオ事業部が担当しているため、ふたつの部署と連携しながら舵取りをしなければならない。なかなか厳しい走り出しだった。そこで渡辺さんは思い切ったスタッフィングを試みる。
「これからみんなに会えない状況で、オンラインを駆使して進めていくのはかなり大変だろうなと。それで『一緒にやるデザイナーは誰がいい?』と課長に聞かれて、即ピックで『彼をお願いします!』と言いました。旦那です(笑)」
なんと、旦那さんもクリエイティブセンターで働くデザイナー! VAIOのムービーを作ったとき、彼が外部の映像のディレクターとして参加したことが縁で結婚し、その後ソニーに入社したため同僚になったのだという。
「課長には『夫婦間で大丈夫?』と心配されましたけど、コロナ禍でも自宅でコミュニケーションが取れることのほうが大きかったし、何より彼は優秀なデザイナーなので、私の手となり足となり色々動いてくれると思って(笑)」
オンラインのローンチイベントでも、トンマナを崩さないよう制作会社をサポート。次のモデルの試作にも参加するくらい、どっぷりとINZONE浸けの日々を送った。これまでもゲームは大好きだったけれど、ぐんぐんのめり込み、ついにPCを自作。勉強がてらゲーム配信を見始め、コミュニティの魅力にもすっかりハマってしまったそう。ゲームのスキルはもちろんだけれど、配信者の人間性やトークが面白さに魅力を感じていて、以前から追いかけているストリーマーやVTuberの配信をチェックしているという。
理解しあえる仲間と、チャレンジ精神を忘れずに。
集大成ともいえるINZONEの仕事を終えて、今は次のプロジェクトへと歩を進めている渡辺さん。仕事をするうえで大事にしていることは?
「ひとつは仲間づくりですね。コミュニケーションデザインって、ひとりでやる仕事がないんですよ。何かを任されることはあっても、結局色んな人と関わって、巻き込みながらやらないと進まない。そのためには周りの理解や共感が大事だから、『こういう魅せ方よくない?こういう伝え方よくない?』ってプレゼンして、賛同してくれる仲間をひとりでも増やすことが大切だと思っています。ふたつめはチャレンジを忘れないこと。その時々で『できる』『できない』はあると思うけど、どんな小さいことでもいいからチャレンジしてやろうっていう精神は常に持っています。以前、アメリカ向けの『mobile ES』というカーオーディオのシリーズのデザインを手掛けたとき、ロゴの黄色を大事にしたいと思って、あえてロゴ以外はモノクロの写真にしたんです。黄色のロゴが目立つ演出にしたいと言ったら『いいね!』って言ってくれて。私が離れた今でも、マーケティングの人たちがモノクロベースのビジュアルを作ってくれるんです。あー伝わってる!って思って、すごく嬉しかった。そういうチャレンジを忘れないようにしてます」
新卒で入社し、デザイナーからアートディレクターへとキャリアを積み重ねてきた渡辺さん。ソニーで長い経験を経た今、コミュニケーションデザインの面白いところは、一体どんなところにあると考えているんだろう。
「ビジュアルの力が強いところですよね。カタチや世界観がまだ曖昧な時は、みんな不安なんですよ。本当にこれでいいのかなって。でもビジュアルを見せると、みんなの気持ちが一気に同じ方向にまとまったりするんです。伝え方や魅せ方ひとつでこんなにも変わるんだなっていうのを実感してます。逆に、微細なディテールに関してはロジカルに説明しないと納得してもらえないことが多いです。デザイナーの直感や感性だけでは伝わらない。具体的になんでこの色にしたのか、なんでこのアングルにしたのか、理由をきちんと説明するようには心がけてます。いまだになかなか難しいですね。言葉にしきれないときはゴリ押しすることもあります。デザイナーの直感だよ!って(笑)」
一児の母でもある渡辺さん。お子さんはいま8歳。子育をするうえで、職場環境としてのクリエイティブセンターの魅力はこんなところにあるという。
「理解者が多く、フレキシブルに対応できるので助かってますね。子育てをしてるパパさん、ママさんが多いので、どうしても対応がきかないときは助け合いの精神でお互いサポートし合ってます。深い相談ができることもすごく嬉しい。価値観が近い同僚ならではの視点で相談できるのはありがたいですね。子育ての自信にも繋がっています」
夫婦ともに多忙を極めたときは、本社のロビーに連れてきて、交互にスイッチしながら面倒を見たこともあるという。そのときは、通りかかる同僚が遊んでくれたのだそうだ。ソニー製品がたくさん並んでいるオフィスに来れるなんて、羨ましい!
「ソニーで良かったと思うのは、子どもに自慢できること。『これ、ママが作ったんだよ』とか『aiboのロゴはパパがデザインしたんだよ』とか、先輩に会わせて『この人がPlayStation®5をデザインしたんだよ』という話をするたび、子どものテンションが爆上がりなんです。そういった刺激に直接触れさせてあげられることが、ソニーの良さだなあと思いますね」
プロフィール
渡辺智也
わたなべ・ちや|東京都生まれ。コミュニケーションデザイン学科卒業。ソニー入社後、クリエイティブセンターに配属。現在コミュニケーションデザインのアートディレクターとして勤務している。小学校2年生(8歳)の男の子の母であり、ヘアカットを担当している。
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