カルチャー

目指せGEEK WATCH図鑑!!! Vol.11

写真・文/ドナルド魔苦怒奈流怒

2023年1月31日

photo & text: Donald MacDonald
edit: Yukako Kazuno

今から数年前の事。ワタリウム美術館のミュージアムショップ『ON SUNDAYS』での昼下がり。私ドナルドはSHOP IN SHOPで小さいお店をやらせて頂いているのだが、マダムとおぼしき女性の叫び声が聞こえた。小屋から出てショーケースの方に眼をやると、マダムがショーケースの中の腕時計を指差して驚いた顔でこう呟いた。

「この時計…私がデザインしたの!」

そのマダムこそ私が大好きな〈SEIKO LE VENT〉のLED腕時計をデザインした横森美奈子さん、その人だったのだ。インタビューをしたかったのだが、コロナで断念。最近少し落ち着いて来たので、念願の横森美奈子さんをインタビューさせて頂くことに。YouTubeのGEEK WATCH CHANNELもぜひご覧ください。

【SEIKO LE VENT by 横森美奈子】

横森美奈子さんがデザインしたLED腕時計。「人が時を生み出したのに、今や人が時に支配されてしまっている。私は時を支配したい。そのために必要な時だけボタンを押すと時間が表示される腕時計を作りたい。表示はLEDで」。発売当時かなり高価だったため販売数は5モデルで推定1000~1500本程度と少なく幻に近い逸品。

ドナルド(以下D):遠方まで遥々有り難うございます。あの凄い出会いから5年。横森さんがデザインした〈SEIKO LE VENT〉シリーズを遂にコンプリートしました。発売は1990年。女性の社会進出を後押しするというプロジェクトだったんですよね?

横森美奈子(以下Y):そうですね。時代的にそういう機運でしたね。だから当時の記事とか見ると、’“女性がデザインした’”という見出しが多かったですね。当時は1985年に男女雇用機会均等法が施行されて、女性がちゃんと働けるようになってきた時代の流れがありました。女性がどんどん働いて、自立して、自分のお金もちゃんと使えるようになってきたという。

〈LE VENT〉が取り上げられた当時の雑誌の切り抜き。
以下全ての資料提供:横森美奈子

D:横森さん自身は洋服のデザインをずっとされているじゃないですか。〈SEIKO〉発のプロジェクトからデザインを依頼されてどういう腕時計を作ろうと考えたんですか?

Y:いや、実は私、洋服もそうなんですが、凄くメンズが好きだったんですよね。時計も弟や父のお下がりをもらって男物を着けてたんです。ゴツイ時計をしていた方が腕が華奢に見えるじゃないですか(笑)。当時腕時計はまだまだ男の人のアイテムみたいな風潮を変えたかったんじゃないですかね。

横森さんのラフ画。
SEIKOが〈LE VENT〉プロジェクトの依頼を受けて描いた腕時計の三面図。イラレではなく、当時最先端のコンピューターグラフィックなのが時代。

D:さらに驚くべき事に、アナログ表示じゃなくてデジタル表示ですよね? しかもLED表示。

Y:ぱっと頭に浮かんだのが、デジタルだったんですよ。昔の発光ダイオード(今で言うLED)の時計が好きだったこともあって、作りたいと思った。それで、〈SEIKO〉さんに話したら最初は、「それは出来ません」と言われました。要するに、女性だから女性らしい腕時計にして欲しいというのがあったのかもしれないですね。私は頑なに「デジタルじゃなきゃやりたくありません」と。そしたらしぶしぶ(笑)〈SEIKO〉がやる気になって下さった。

横森さんのラフスケッチを基に、〈SEIKO〉が製作したデザイン画。イラレやフォトショップはまだ無い。こんなデザイン画は贅沢の極み。

D:〈SEIKO〉は1990年以前に、LED(発光ダイオード)の消費電力が凄すぎて電池寿命がすぐ切れるから生産を中止してたんですよね?

Y:そうみたいですね。私の依頼を受けて新しいLEDシステムまで開発して下さった。私はそこまでメカが分からないから逆に推せたのかもしれないですけどね(笑)。

D:1年半も新しいLEDシステムの開発にかかったと聞いています。技術者は試行錯誤の末に、ドットマトリクスと呼ばれるLEDを点で表示し、電池寿命を2年間にすることに成功。〈SEIKO〉技術者の本気が伝わってきますね。

Y:当時、デジタル時計というのは事務用品みたいな扱いに近かった。サラリーマンの人が計算機が付いてるとか、何かこうセンスとしては全く素敵じゃなかった。だから、デジタル部門の方が違うオシャレなデジタルに出来るのではないかということで燃えて下さったんですね。

〈SEIKO〉のデジタル部門は、1年半かけて消費電力を抑えたドットマトリクスLEDを開発して応えた。
ドットやフォントも数パターン用意されていたという。

D:腕時計のコンセプトはあったんですか?

Y:「時に支配されるのではなく、私が時を支配する」。当時、女性が自立して夜遊びを出来るようになったんですよ。それまで、夜遊びも男の人のものだったんですよね。だから、夜な夜な遊び場に出入りすると、異業種の人と知り合えてコミュニケーションを取れるのが楽しかったんですね。で、楽しくなって夜中2時を越える頃になると、「明日も朝から会社だなあ。帰って何時間寝られるんだろう?」みたいな事が頭をよぎる。時間を見たくないわけですよ(笑)。だから、自分で見ようとしなければ時間が分からない時計というコンセプトに行き着いたんだと思います。あとLEDも画期的だったんですけどもう一つ画期的な事があるんです。〈SEIKO〉のロゴマークが表に入ってないんですよ。裏にはでかでかと入れたんですけど、表に文字を入れたくないというのが通ったのがすごいですよね。絶対〈SEIKO〉って入ってないとまずいでしょう(笑)。

D:確かにそうですね! 表に〈SEIKO〉のロゴが入ってないのは凄いですね。腕時計のデザインソースはあったんですか?

Y:実は父が持っていた時計なんですよ。戦後アメリカ人から手に入れて。物のない時代だったから珍しくて。父はずっとその腕時計をしていて、私が欲しいって言ったらくれたんです。

横森さんがお父様から譲られた〈BENRUS〉のヴィンテージの機械式腕時計。
お父さんの腕時計と横森さんがデザインした腕時計を分かりやすいように合体させてみました。

D:いつか〈SEIKO〉さんと話す機会があったら復刻したい。このプロジェクトの目標の一つですね。〈SEIKO〉さん、もし見ていたら是非ご一報ください! 僕は本気です(笑)。横森さん、今日は貴重なお話しをありがとうございました。

ゲストプロフィール

横森美奈子

よこもり・みなこ | 1949年生まれ。BIGIで〈MELROSE〉〈HALF MOON〉〈BARBICHE〉等のチーフデザイナーを歴任。2002年〈smart pink〉ブランドディレクター。2013年にはショップチャンネル「MINAKO★YOKOMORI」開始。おしゃれに関する本も多数出版。

プロフィール

ドナルド魔苦怒奈流怒

ドナルド魔苦怒奈流怒

改造士、映画監督、GEEK WATCH偏愛家。ワタリウム美術館のミュージアムショップ地下中二階にて、奇天烈な改造見世物小屋『+R.I.P. STORE』を営む。様々なマテリアルや手法を組み合わせてジュエリー、腕時計、プロダクト、舞台美術などを制作している。趣味的に始めてどハマりしたGEEK WATCHのコレクションは今や700本以上。現在『GEEK WATCH PEDIA』なる本を製作しようと目論み中。

Instagram
https://www.instagram.com/geekwatch_tokyo/