カルチャー

あの人のリーディングリスト。Vol.9

選書: 王舟

2023年1月9日

illustration: Kenichi Watanabe
cover design: Fuya Uto
text: Oh shu
edit: Yukako Kazuno

あの人はどんな本を読んでいるのか?
気になるあの人たちのリーディングリストを教えてもらう連載。
第9回は王舟さん。

『阿佐ヶ谷姉妹のほほんふたり暮らし』
阿佐ヶ谷姉妹(著)

こちらは、原作ドラマの音楽を作る機会があって読みました。40代・独身・女芸人のふたりの同棲生活を描いたエッセイ。まだ売れていない頃のふたりの地味な日常の小噺がメイン(+短編小説)。ちょっと面白おかしくて、くすくす笑えるものがほとんどだけど、時には切なくなることもあり、少し喜劇っぽくもある日常に暮らすふたりをつい見守っていたい気持ちになる。そして読みながらリラックスできる。阿佐ヶ谷という街の人情と風情もたくさん描かれていて、自分も住んだことあるからあらためて良い街だなと思いました。

『カンバセイション・ピース』
保坂和志(著)

古い一軒家、人々の会話、プロ野球観戦、そして猫たち。過去と現在は一方通行の小道みたいな単純な関係でなくて、様々な過去が折り重なった上に現在がある。だから時々、人は過去と現在の結びつきを意識せずにはいられない。自己を形成する象徴的な出来事のひとつやふたつは誰しもが持っているだろう。だけどそれだけが過去の全てなのか。折り重なったその他の過去の中にもまだ見つけられていない希望があるはずだ。未来と似て、過去も未知なことの方が多いのかもしれない。主人公の小説家は日常の風景や匂い、音や言葉、人や猫から得た小さな気づきを重ねていく。時間についての思考プロセス。何度でも読み返したくなる小説です。

『ペドロ・パラモ』
フアン・ルルフォ(著)

ラテンアメリカン文学の傑作。章ごとに時系列と登場人物が全部バラバラで、最初とても読みにくいな、と思いながらも独特な語り口調と生者と死者が混在する非現実的な世界観、そしてコマラの街の人々の生々しい暮らしの描写にハマり、ストーリーの支柱を探しながらいつの間にか最後までたどり着いてしまった。バラバラだった時系列と登場人物の関係性がだんだん結びき始め、そこからまたより面白くなります。200ページほどの小説なのに、時系列と登場人物がバラバラに登場することで情報が錯綜して、まるで長編大河小説を読みきったかのような読後感でした。

『アート・オブ・サウンド 図鑑 音響技術の歴史』
テリー・バロウズ(著)

19世紀、人類最初の音響録音機材の誕生から現代のデジタル録音機材と音楽配信サービスに至るまで、録音芸術の歴史を色々な資料で解説してくれる豪華な大型本。現代の音響技術の進歩は凄まじいものがありますが、180年ほど前までは音声を記録すること自体が非現実的なものでした。(声に出せば過ぎ去る)音声を記録する行為は「死者とのある種の関係を忘れないための実際的な手段」というオカルトな実践と結びついていたらしいです。まさに「再生」ですね。様々な技術者の登場と時代背景の移り変わりによって発明されては消えていった録音機材の記録と写真、その誕生秘話などが盛り沢山です。知ったつもりになっていたことばかりでした。古い機材たちはどれも見た目がすごくカッコ良くて、その写真が眺められるだけでも、買って良かったと思います。

プロフィール

王舟

おうしゅう | ミュージシャン。2014年7月、多くのゲストミュージシャンを迎えバンド編成で制作したアルバム「Wang」にてデビュー。 2019年には、宅録とバンド演奏を融合させた3rdアルバム「Big fish」をリリース。バンド編成やソロでのライブ活動のほか、CMへの楽曲提供、他アーティスト楽曲へのゲスト参加、プロデュースなども行なっている。

Official Website
https://ohshu-info.net