カルチャー
二十歳のとき、何をしていたか?/近田春夫
ミュージシャン 70歳
2021年4月10日
photo: Takeshi Abe
text: Keisuke Kagiwada
2021年5月 889号初出
遊ぶように仕事をした『アンアン』編集部時代。

雑誌編集アシスタントから一転、音楽の道を邁進することになったのはひとつの出会いがきっかけだった。
ミュージシャンの近田春夫さんの印象をひと言で表現するなら〝早い人〟。日本においてパンク、ラップ、ハウスにいち早く取り組んだ人であるからだが、どうやらそれは自身の人生にも当てはまるらしい。「あの頃は一年が10年分くらい濃密だったんですよ」と近田さんが振り返る〝狂騒の20代〟は、大学1年時にかかってきた一本の電話で幕を開けた。
「ある日、家に帰ると母親が言うんですよ。『何か知らない人から電話があったわよ。フランス人みたいな名前で、〝アンアンラシーヌ〟とか言っていたわ』って。そのときはなんだかわからなかったけど、もう1度かかってきて判明しました。電話の主は当時『アンアン』編集部にいた椎根さんだったんです。椎根さんってものすごい福島なまりなんで、フランス語みたいに聞こえたという(笑)」
なぜ、創刊間もない『アンアン』編集部から電話があったのかといえば、話は1年近く前に遡る。付属高校3年生だった近田さんは、成績が芳しくなく、大学への進学が危ぶまれていた。既に学生キーボーディストとして活動もしていたが、それを生業にする勇気はまだない。愛読していた『平凡パンチ』が、女性版を創刊するにあたり編集部員を募集するとの記事を発見したのはそんなときだった。ファッションセンスに人一倍の自信があった近田さんは速攻で応募したものの、返事はない。大学にも進学できてしまったので、すっかり忘れていたところに、椎根さんから電話があったというわけだ。「編集部に遊びにこないか?」と。
「それで当時は六本木にあった『アンアン』編集部に行ったんですよ。18時とか19時だったかな。だから、仕事終わりに面接でもするのかなと思いきや、経理の人以外は誰もいなくて。後で知ったんですが、その頃の編集部は、夕方に出社し、みんなでちょっと打ち合わせをしたら三々五々、夜の街に出かけて、翌朝戻ってタクシー券片手に自宅に帰っていく、という就業スタイルだったんです(笑)。いい時代ですよね。実際、しばらく待っていたら、木滑良久さんや石川次郎さんなんかが集まってきてね。当時、僕みたいなファッション好きにはスターみたいな人たちですよ。その中に椎根さんもいて、その日のうちにアシスタントとして取材に同行することになったんです。といっても、夜遊びに行っただけなんですけど(笑)。社会に出た1日目に、仕事と称して朝まで楽しく遊んでいる大人たちを目の当たりにしてしまったもんですから、大学なんて行く気がなくなっちゃいますよね」
実際、大学へは行かなくなり、みるみるアシスタント業にのめり込んでいった近田さん。時には雑誌の垣根を越え、『平凡パンチ』で横尾忠則さんがヌード写真を撮るという企画の際は、「1か月後までにすぐ脱げる女性を500人集めてこい!」とふっかけられたこともあったとか。そんな無理難題も楽しくこなし、このまま編集者になるという道もあるのかなと思いかけていた近田さんを、ふたたび音楽の道へといざなったのは、取材で知り合ったとある人物だった。
「立川直樹ですね。彼も音楽に詳しいから、取材後も音楽談議に花が咲いちゃったんですよ。そしたら、立川直樹が『実は今度、俺のプロデュースで日劇ロックカーニバルをやるんだ。カルメン・マキのために、ロックバンドを組むんだけど、キーボードとして入らない?』って嘘だか本当だかわからないことを言うんですよ。でも、日劇は出たいじゃないですか?(笑) それで参加することになって、最初はバンド練習と『アンアン』の仕事を並行していたんですが、だんだんと音楽家としての血が騒ぎだしちゃって、それで『アンアン』はお暇させてもらうことにしたんです。当時築いた人脈は今も僕の中で意味を持っているので、いまだに六本木には足を向けて寝られないです(笑)」
不純な動機に端を発するハルヲフォン結成秘話。

ジャケットに写っているのは、26歳の近田さんだ。
日劇ロックカーニバルの後は、高校時代から縁のあった内田裕也さんの率いる1815ロックンロールバンドに誘われたというから、やっぱり話が早い。事件が起こったのは、バンドのお披露目として情報番組『リブ・ヤング!』に出演したときだった。
「プロデューサーから、『あるアマチュアバンドがどうしても前座をやりたいって言っているんですけど、どうしますか?』って打診があったんですよ。裕也さんは面白がって許可を出したんですが、そのバンドがリハーサルから裕也さん含めメンバー全員が『これは負けたな』って思うくらい、サウンドからいでたちまですごい迫力で、僕たちのバンドは気落ちしながら本番を迎えたんです。それがデビュー前のキャロル。その後、1815ロックンロールバンドはクリエイションというバンドを迎え入れて継続したんですが、僕としてはだんだん方向性の違いを感じるようになって。だけど、裕也組みたいなものだから、辞めたいなんて言えないんですよ」
考えあぐねた末、出した答えは自分のバンドを組むこと。「動機としては不純なんですけど、それなら許してくれるかなと思って」。なにはともあれ誕生したのが、近田春夫&ハルヲフォンだ。
すぐにレコードデビューを目論むも、レコード会社の返答は斜め上を行くものだった。「当時、ダッコちゃん人形っていうのが流行っていて、そのキャンペーンソングを作ったら、オリジナルのレコードも出してくれると言われたんです。しかも、今から思えばかなり差別的な話ではあるんですが、ダッコちゃん人形って黒人の子供を模していたので、『黒人女性シンガーのキャロン・ホーガンをボーカルにして』って言われて。これも経験かなと思って『FUNKYダッコNo.1』ってディスコロックを作ったんです。当時の僕らが作っていたのはTレックスみたいなロックだったんですけど。いい加減な話ですよね(笑)」
約束どおりにオリジナルのアルバム『COME ON, LET’S GO』を発表できたのは、25歳のとき。今や名盤と誉れ高い一枚だが、当時の世間の反応は冷ややかだったという。

「意識したのはTレックスです。スタジオ技術をフル活用した、ライブでは再現不可能な人工的なロックンロールを目指して、ある程度は納得できるものにはなったと思いますが、当時のレコーディング・エンジニアは杓子定規な人も多くて。僕のアイデアを理解してくれず、悔しい部分もあるんです」と近田さん。
「全然売れなかったですね。まぁ、いつか評価されるとは思っていましたけど。ただ、一方で僕の活動はすべて悪ふざけとも思っているもんですから、理解されないことは前提でもあるんです。僕の中には、勤勉さといい加減さが、両極端に存在しているんですよ。それを持て余すこともあるんですけど、そんな性分だからこそ、この年までやってこれたのかなとも思います。だけど、最近は思ってます。そろそろちゃんと評価してくんないと、俺も怒るよって(笑)」
プロフィール
近田春夫
ちかだ・はるお|1951年、東京都生まれ。高校在学中から音楽活動を開始し、今に至るまで多種多様なジャンルを開拓。その傍ら、作曲家やプロデューサーとしても活躍。「チョコボール」などのCMソングも手掛けている。自伝『調子悪くてあたりまえ』が発売中。
取材メモ
内田裕也さんとは、亡くなるまで強い絆で結ばれていた近田さん。そんな近田さんが裕也さんの言葉で印象深いというのが、「手を洗ってうがいをしろ!」。「裕也さんは何かっていうと『おい、ちゃんと手を洗ってうがいしたか?』って聞いてくるし、本人もマメにやるんですよ。そのせいで僕も場所を移動するたびにするようになりました。もし裕也さんが今生きていたとしても、コロナにはならなかったでしょうね」と近田さん。
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