カルチャー

人生で大切なことは映画が教えてくれた。/石橋英子

2022年8月3日

illustration: Kei Mogari
text: Ichico Enomoto, Katsumi Watanabe, Koji Toyoda, Ryoko Iino, Aya Muto
2022年8月 904号初出

人生とは…
意外な可能性を秘めている。

石橋英子
石橋英子 音楽家

 『スローターハウス5』は原作者のカート・ヴォネガットJr.の戦争体験が反映されているんですが、現実に戦争が遠い世界の出来事ではなくなって、いまの若い人たちは私が10代のときに見ていたのとは違う見方で世界を見ざるを得ないと思うと、想像を絶しますね。この映画では、戦争の記憶と自分の人生をどうやって折り合いをつけていくかということが、フラッシュバックのように視覚的に描かれています。主人公が戦場と夢のような世界を行ったり来たりするのは、現実と向き合うためには幻が必要だし、でも幻は永遠に続かない。そんなことを描いているのかなと思います。

『クライング・ゲーム』は、ある種の人間の不思議さというか、論理的だったり善悪で判断するのではない行動をとってしまう人間の性(さが)が克明に映し出されていると思います。相反する立場の人のところに飛び込んでいくことのすばらしさ、そこで起きることの可能性は大きいと思いました。

青春映画で好きなのはエレイン・メイという女性監督の『ふたり自身』。若いカップルがちょっとしたことで相手に幻滅したり、くっついたり別れたりを繰り返していくという話なんですが、ジーニー・バーリン演じる女性が別れ話をされたときのフラれ方がみごとで。その全部をさらけ出すようなリアクションが生命力に満ちていて、そこにクリエイションのすばらしさを感じました。奇跡のようなシーンです。

ふたり自身
監督:エレイン・メイ/1972年/105分
ハネムーン先で妻に幻滅した男が、別のブロンド美女に恋するが。恋愛や結婚の普遍的なテーマを滑稽に描く。マイク・ニコルズ監督作の脚本や、カサヴェテス主演の『マイキー&ニッキー』の監督で知られる女性監督エレイン・メイ。

『マリリンとアインシュタイン』は、マリリン・モンローとアインシュタインが過ごすひと晩だけの話ですが、これほど有名でセンセーショナルな人たちを素朴なひとりの人間として描いている。時間をかけて丁寧につくられたんだろうなということがわかります。私も『ドライブ・マイ・カー』では濱口竜介監督と時間をかけて一緒に制作することができました。いま簡単に早く作ることができる時代に、それと逆の方向にいっていいんだ、と背中を押してもらった気がします。

マリリンとアインシュタイン
監督:ニコラス・ローグ/1985年/109分
1950年代のニューヨーク。人気絶頂のマリリン・モンローは撮影を終えて、アインシュタイン博士が滞在するホテルの部屋を訪ねる。上院議員や元野球選手も交え、相対性理論から人生の問題まで、ある一夜に繰り広げられる会話劇。

プロフィール

石橋英子

いしばし・えいこ|音楽家。千葉県生まれ。シンガーソングライター、マルチプレイヤーとして活躍する他、『ドライブ・マイ・カー』など映画音楽も手掛ける。ジム・オルークらと「石橋英子withもう死んだ人たち」としても活動。