ライフスタイル
Re: view – 音楽の鳴る思い出 -/Vol.3 Ydegirl
2022年1月18日
photo & text: Ydegirl
translation: Bowen Casey
edit: Yuki Kikuchi
Re: view (音楽の鳴る思い出)
この連載は様々なミュージシャンらをゲストに迎え、『一枚のアルバム』から思い出を振り返り、その中に保存されたありとあらゆるものの意義をあらためて見つめ、記録する企画です。
今回の執筆者
■名前:イデガール(アンドレア・ノベル)
■職業:ソングライター、プロデューサー
■居住地:コペンハーゲン、ベルリン
■音楽が与えてくれるもの:留まる場所
■レビューするアルバム:『Suite for a Young Girl』CTM
最高にちっぽけな気分
シスジェンダーの男性ではないミュージシャンをほとんど知らなかった高校生の頃の私にとって、CTM(Cæcilie Trier Musik)の音楽と彼女の素晴らしい声に出会えたことは、おそらくCTM本人が自覚している以上に、その当時の私には重要な出来事だった。それは田舎からコペンハーゲンに出ていきなり、Valby Vokalgruppeや Selvhenterなど、高校時代によく聴いていたミュージシャンやバンドに出会えたことと同様に決定的なことだった。
祖母の家に住んでいた昔、私はコペンハーゲンの集合住宅によくある、地下の物置のような部屋で寝泊りしていた。祖母が使っていた鉢や庭道具、余ったペンキが入ったバケツ、何年も着ていないスカーフや、帽子が入った箱などに囲まれる部屋のなか、私は四角い蚊帳に守られた一人用のベッドに寝っ転がり、ただひたすら何時間も音楽を聴いて過ごしていた。
私は十平方メートルほどの、この粗末な部屋を気に入っていたけど、この部屋には難点が一つあった。それは部屋にある唯一の窓に鉄格子が付けられているため、窓を開けることができず、部屋の空気が薄くなることだった。部屋から裏庭までは耐火扉を含め三つのドアがあり、同じような構造をした他の部屋と並ぶ、地下にある小さな木造の私の部屋に新鮮な空気が届くまでにはかなりの距離があった。夏になると、木製のドアストッパーでドアを三つとも開け放し、廊下に扇風機を置いて空気を循環させなくてはいけなかった。そんな場所で寝ていたせいか、溺れる夢を見て目が覚める夜もあった。そんな時はベッドから出て、裏の階段を這いあがり、台所にある裏口から祖母の暮らす一階に入って、ベッドに眠る祖母の隣に忍び込んだ。
朝にはときどき、祖母の寝室の化粧台の側にある鏡のまえに立ち、二人で上半身裸のままお喋りすることがあった。祖母は私が小さい頃から憧れていた琥珀のアクセサリーを着けさせてくれたり、祖母が子供だった頃のことや、祖母が経験した戦争の話などを聞かせてくれた。ときたま話の内容によって祖母の心が揺れると、祖母の目はぼんやりとした涙目になることがあった。しかし彼女は決して感情を昂らせることなく、少し間を置いて話しを続けた。
昼間や夕方になると、私は小さな安物のスピーカーで音楽を聴いた。その頃の私は人生の奇妙な時期にいて、たびたび無気力と麻痺感に囚われていた。私は友達に会えず、通っていた3Dアニメーションの学校に行くこともままならない状態だった。
そんななか、私にできた数少ないことは音楽を聴くことだった。祖母と買い物に行き、祖母が通う近所の屋内プールで開かれる、ウォーター・ジムのレッスンに同行する以外のほとんどの時間、私は音楽を聴いて過ごしていた。音楽を聴いていると、その音のための仮想的な部屋のようなものが脳内に作り上げられ、そのおかげで私の頭の中はより過ごしやすい居心地良いものとなった。
ある夜、眠れずベッドに横になっていると、突然あの3Dアニメーションの学校には二度と行かないと、私の体中の細胞の一つ一つが叫んでいるように感じた。私はベッドから起き上がると、裏階段を這い、台所の裏口に鍵をかけ、祖母が眠るベッドに忍び込んだ。
祖母の隣に寝そべると、祖母は目を覚まし、私が何を考えているか問いかけてくれた。祖母に自分の気持ちを伝えると、祖母はしばらく何も言わず横になったままだった。しかし、しばらくするとすると、祖母は昔のデンマークの哲学者の言葉を引用してこう告げた。『勇気を出すことは、いっとき足場を失うこと。勇気を出さないことは、自分自身を失うこと』。そのあと私たちは特に喋らずにいたけど、静かな暗闇のなか、私は微笑んでいた。私たちはそのまま眠りに落ち、以後、私が3Dアニメーションの学校に行くことはなかった。
次の日、祖母とウォーター・ジムのレッスンから家に戻ると、友人から CTM というミュージシャンの、『Suit for a Young Girl』と題されたmp3のファイルが送られてきた。
私は祖母の寝室のベッドの側に立ち、その音楽を再生した。すると私の意識は、まるで森のなか、草の間に落ちた木の枝が折れる音に耳をすませる動物のように研ぎ澄まされていく感覚の中に吸い込まれてしまった。音楽に合わせた様々なイメージが私の頭の中に流れこんできた。それはその音楽が本当に好きな時にだけ起こる現象だ。“the way a mouth is a mouth”という曲でCTMの声が聞こえてくると、ふっと全身の力が抜け、祖母のベッドに倒れ込んだ私は、残りの曲をそのまま聴き続けた。
まるで自分がちっぽけな虫のように思えた。だけど時を同じくして、この世界が突然どんな小さな存在でも安全でいられる場所のようにも思えた。CTMの音楽を聴いているあいだ、私はそんな世界の中に留まり続けることができた。
CTMの音楽は大切な祖母との思い出を私の中に残し続けるだけじゃなく、私を辛い時期から救い、彼女がデンマークのアンダーグラウンド・シーンにいてくれたことは、間違いなく私が自分自身の表現を見つける助けになった。
文・Ydegirl
執筆者プロフィール
Ydegirl
イデガール|ミュージシャン。Ydegirlは、クラリネット、ギター、バイオリンなどのクラシック楽器と、シンセサイザーや電子ドラムのパターンを用い、まるで北欧のバロック・シーンに現代のR&Bやポップスの要素を取り入れたような音楽が魅惑的。10月にリリースされたセルフタイトルのデビュー・アルバム『Ydegirl』に収録されている曲は、時間とその変化に適応する身体、現実と空想の両方の場所とそれらとの関係といったテーマを扱っている。
https://open.spotify.com/album/0tDt3NI9DX0ivOd15RljWg?si=DskEzczJTgCoU53FWWLc2Q
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