トリップ
標高1520mの山奥、牧場に隣接する「レッドウッドイン」に一泊。
2021年10月23日
奇跡のような巨木に触れ、
銀河の中で森の惑星を探す。
突然だけど、スター・ウォーズのキャラクターで一番好きなのは? と聞かれて、『エピソード6/ジェダイの帰還』に出てくるウィケットって答える人、結構いるはず。毛むくじゃらで小さいイウォーク族の勇敢な戦士で、迷彩のポンチョ姿が可愛いレイア姫と遭遇するシーンは何度でも巻き戻して見ちゃうし、シダ植物が生い茂る密林に帝国軍をおびき寄せて超原始的なゲリラ戦を繰り広げるところなんて結末を知っているのにもかかわらずハラハラしてしまう。なんでこんな話をしているのかって、そのイウォーク族が住む森の惑星エンドアの撮影ロケ地が米カリフォルニア州のレッドウッド国立公園で、そこには世界有数の大高木として知られる常緑針葉樹、セコイア(通称レッドウッド)が群生していて、でもって、ちょうど今読んでいる本が、115mの世界一高いセコイア「ハイペリオン」発見までを描いた『世界一高い木』だから。そして、どうしても本物のセコイアの木に触れたいという思いが募った揚げ句、車で約4時間かけてやってきたのが、ここ長野県の高山村にある「レッドウッドイン」である。
建物のデザインソースがセコイアの森を守る森林警備隊の宿泊施設だから、っていうのが名前の由来じゃない。実際セコイアナショナルパークから1987年に空輸した直径5mの巨木を内装の至る所に使用しているのだ。ぶっとい幹を丸ごとくりぬいて直径3・2mの切り株の湯船にした露天風呂は圧巻のひと言。今では伐採も倒木の持ち出しもできない天然記念物だから、日本に存在しているということがそもそも奇跡なわけで、樹齢1650年の年輪を指でなぞりながら、硫黄の香りが漂うヌルッとした白濁の湯に浸かれるなんて感無量。おまけに子供の頃から密かに憧れていた屋根裏部屋もあり、信州の新鮮野菜を使った前菜から始まるディナーのコース料理も美味しくて、これほど贅沢な一日はないよなぁって食事を終えて部屋の窓から夜空を見上げたら、ゴクリと自分でも驚くぐらいの音を立てて息をのんだ。
「遠い昔、はるかかなたの銀河系で…」という英文が流れてきそうな、スター・ウォーズのオープニング・クロールばりの星空。日中は分厚い雲に覆われていたから、マネージャーの竹内大貴さんがチェックイン時に言っていた「晴れたら天の川がばっちり見えますよ」ってひと言がまったくピンときていなかったけどこのことか! ニットキャップをかぶってシェルをバサッと羽織り、外へ勢いよく飛び出して駐車場で仰向けに寝そべると満天スクリーンのIMAX状態。標高約2000mで、空気が乾いた秋だからか。これだけ星があるなら、森の惑星エンドアもきっとどこかに存在しているに違いないと、童心に帰ってずっと探していた。
風という旅人の話を聞き、
心を乗せてもらう。
取り急ぎ毎回旅先に携えるものの、結局開きすらもしない本の代表であるソローの『森の生活』をここぞとばかりに開いてみたら、森の山荘の屋根裏部屋だからだろうか、やけに心の深層に響くものがあって、特に第3章の「読書」と5章の「独り居」の沁み具合は別格。翌朝は「ひとり静かに鳥の歌声を聞き、鳥がひらひらと部屋に入っては、飛び去って行くのを眺めました」という第4章「音」の一文と同じようにスタートし、窓をいっぱいに開けると元気のいい小鳥がおはようと挨拶しにやってきては、透明感のあるフレッシュな風が部屋全体を洗った。それにしても昨日は霧で気がつかなかったが目の前に広がる山田牧場の風景は見事としか言えない。牛舎はなく珍しい自然放牧で、辺り一面にはウラジロモミやブナ、タケカンバなどの木々がランダムに自生しているから、ザ・日本の山という感じがせず、朝食が洒落たエッグベネディクトだったということもあってか、どこか北欧かスイスの山奥に来たんじゃないかと錯覚するほどだった。
気持ちよさそうな陽光に誘われて外に出る。原っぱを歩きながら好きな木を探す。どれも佇まいがいいけど特に気に入ったのはシラカバの木。瑞々しい木漏れ日が差し込み、座るのにちょうどいい高さの根っこがあったからだ。
そよ風に吹かれながら少し横になり、チェックアウトしたら車ですぐのところにある名所を巡った。雷滝は落差約30m。稲妻を浴び続けているような爆音と水しぶきによるダイナミックな天然4DXを味わった後は、近くの笠岳をトレッキング。登山口から30分ほどで到着する山頂は、富士山に北アルプス、北信五岳に浅間連山まで360度の眺望がきく見晴らしのいい尖峰で、手頃な岩に腰をおろして稜線沿いに流れる雲を眺めていたら、ここでまた『山で一泊』がふっと頭をよぎった。
「私はいつも山の風の中に、彼らの経験してきた旅の話を聴きます。谷間の陽かげにわく小さな泉の話、そのそばの苔の香り、乗越しに荒れた石屑の話、しばらく運んだ渡り鳥の群のこと、話を聴くばかりではなく、ときには頼んで私の心を乗せてもらいます」
この「風」という文がなんで好きなのか、ようやくわかった。「乗せてもらう」という表現に風という旅人への底抜けな優しさを感じるからだ。「クヌルプ ヒュッテ」でも思ったけど、山荘での一泊は普段気付かないこういう細かい発見がたくさんある。そして、いい映画のエンドロールのように、いくつものシーンがじんわり後から沁みてくる。派手さはないが、それがいい。僕は目を閉じ風に心を乗せてもらいながら、ずっと心地いい旅の余韻に浸っていた。
インフォメーション
Redwood Inn / レッドウッドイン
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