FOOD

編集者・岡本仁の旅先コーヒー案内。

【盛岡編】

2021.10.21(Thu)

photo & text: Hitoshi Okamoto
2021年11月 895号初出

盛岡は筋金入りのコーヒー好きの町だ。

 盛岡といえば、アメリカ発の大手コーヒーチェーンが町の中心部から撤退したという話が、まず頭に浮かぶ。それを誰から聞いたのだったかは憶えていないが、個人経営のコーヒー店がたくさんあって、住人みなが、それぞれ自分のお気に入りを持っている町なのだと思う。

紺屋町番屋
盛岡市紺屋町
盛岡市内を流れる中津川は、季節になると鮭が遡上してくる。その川にかかる与の字橋を渡ると、ぼくは川沿いの道に降りていく。『くふや』という店で昼ごはんを食べてから、『BOOKNERD』という書店に向かう。そこで何かめぼしい本を見つけたら、それを持ってどこかへコーヒーを飲みに行く。それが盛岡のルーティーンだ。「紺屋町番屋」岩手県盛岡市紺屋町4-33

 ぼくがこの町でいちばん好きな店は『六分儀』だった。ご夫婦(だと思うお二人)が営んでいた。店の広さもちょうどいい。古びかたも美しい。そしていつもシャンソンが流れている。それもレコードだ。レコードだから片面が終わってから、それが裏返されるまで、ちょっとの無音の時間ができる。それも、自分が店に入ってどのくらい時間が経ったのかがわかって、とても好ましかった。

 喫茶店とBGMについて考える時、若い頃は自分の興味のある音楽、聴きたくてしかたがない音楽をかけてくれる店が好きだった。でも、その店の店主なりスタッフなりが、その音楽に深い愛情を持っている店だけではなくなった時、どこに行っても趣味のいい同じ音楽がかかっているという状態になり、それだったら無音とかラジオが流れている店のほうが落ち着くと思うようになった。

 シャンソンのことはよく知らないから、安心して聞き流していられる。聞き流すとは失礼ではないかと、シャンソンファンに怒られるかもしれない。でも安心してと言うのは、集中して聴こうとしていない時に、邪魔にはならない良い音楽であることを意味しているつもりだ。とにかく、『六分儀』にシャンソンはとても良く合っていた。

 その『六分儀』が閉店してしまい、その後に『羅針盤』という店ができた。好きな店が別の店になるのは悲しいことだから、中に入ることはないだろうと思っていた。ところが、久しぶりに盛岡まで出かける用事があって、『六分儀』あらため『羅針盤』の前を通りがかったら、少なくとも外観は以前とほぼ変わっていない。だから、コーヒーを飲んでみようという気分になった。ドアを開ける。内装もほぼ同じで、何よりも店内に低く流れている音楽がシャンソンだった。レコードジャケットが飾られている。イヴ・モンタンの『AMI LOINTAIN(はるかなる友)』。嬉しくて、つい店の女性に、「変わらずシャンソンがレコードで流れていて素晴らしいです」と言ったら、このレコードは『六分儀』のオーナーのコレクションで、それをそのまま借りているとの話だった。ぼくが『六分儀』でいちばん気に入っていたことを、大切なことのひとつとして受け継いでくれている新しい店。もしかしたら、細かな部分は以前とは違っていたのかもしれない。でも、この店に流れる音楽が同じだったから、ぼくは以前と同じ気持ちでコーヒーを飲むことができた。

羅針盤(旧・六分儀)
盛岡市中ノ橋通
『六分儀』が好き過ぎて、それ以外の店にほとんど行かなくなった時期もあった。そこがなくなって、別な人が違う名前で始めた喫茶店に入るのは勇気がいる。でも、自分がその店のいちばん素敵だと思うところが、受け継がれていたのを知り、いまは『羅針盤』が好きですと、素直に言える。岩手県盛岡市中ノ橋通1-4-15 ☎019·681·8561 11:00~18:00(LO17:30)、土・日・祝10:00~ 月休

 他にもバスセンターのコーヒー店も好きだったが、いまはない。でも、やっぱり盛岡のコーヒー好きや、コーヒー店を営んでいる人々の考え方には確固としたものがあるのだと思っている。


六月の鹿
盛岡市内丸

この店を教えてくれたのは誰だったろう。図書館で雑誌『クウネル』を読んでコーヒーに興味を持ったのだったか、盛岡のコーヒー店で修業をして、盛岡城址近くに小さな店を開いたマスターはネルドリップでコーヒーを淹れる。サンフランシスコに旅をして戻ったら、朝営業を始めた。さらに行く回数が増えたのはそのせいだ。岩手県盛岡市内丸5-5 ☎019·654·1671 7:00~15:00(LO14:30) 日・月休


喫茶carta
盛岡市内丸

盛岡に初めて行った時に、ぼくは『カルタ』のご主人・加賀谷くんとわんこ蕎麦を食べた記憶がある。お店にはピアノが置いてあり、ここでライヴが開かれることもある。残念ながら、ぼくはその場に立ち会ったことはないが、たぶん良い空気が流れていることだろう。旅先で巡り逢う喫茶店の理想形だと思う。岩手県盛岡市内丸16-16 ☎019·651·5375 11:00~19:00、土・日・祝~18:00 火・水休


光原社 可否館
盛岡市材木町

初めて光原社を訪れた時に、その敷地の広さと、そこに点在するいくつかの建物、そしてそのうちのひとつがコーヒー店だったことに嬉しくなってしまった。一心にコーヒーを淹れてくれる従業員の方の所作にいつもほれぼれしてしまう。岩手県盛岡市材木町2-18(光原社本店中庭) ☎なし 10:00~18:00(土14:00)、冬期10:00~17:30 毎月15日休(土・日・祝の場合は翌平日休)※現在喫茶は休業中


喫茶パァク
盛岡市内丸

友人がインスタグラムにポストしていたホットケーキが、とても美味しそうだったので探した店。行ってみると入口の横に「ホットケーキ始めました」という貼紙。11月から5月までのメニューらしい。店内はあらゆるところが可愛らしく、必要もないのにわざわざトイレにも行って、ひととおり眺めてしまった。岩手県盛岡市内丸4-6 ☎019·651·4584 9:30~17:00 日休※ホットケーキは冬~春の季節限定

プロフィール

岡本仁

編集者。 小社で『BRUTUS』『relax』『Ku:nel』などの編集に携わった後、〈ランドスケーププロダクツ〉に参加。「manincafe」のIDで日本全国、世界各地を旅した様子をインスタにポストしている。「コーヒーブレイクは大切ですね」のフレーズとともに喫茶店やカフェの記事も数多く執筆している。著書に『ぼくの鹿児島案内』『東京ひとり歩き ぼくの東京地図。』など。
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