新しくオープンした上北沢の『タチアナ焙煎所』。
喫茶店とコーヒースタンド、 ふたつの良さを併せ持つ焙煎所。
2021.10.16(Sat)
photo: Kazufumi Shimoyashiki
text: Neo Iida
2021年11月 895号初出

とある取材の帰り道、「近くにテルさんのお店ができたんです」とカメラマンの下屋敷くんが教えてくれた。『サーズデイコーヒースタンド』の屋号で間借り営業やケータリングをしていたテルさんこと山下輝彦さんが、上北沢に店を開いたのだそうだ。東京はコーヒーショップが多すぎるけど、〝知り合いが薦める店〟というだけでぐっと距離が近くなる。よし、一杯飲みに行こう。
『タチアナ焙煎所』は甲州街道沿いの小さな一軒家だった。店には5人席のカウンターがギュッと押し込まれていて、中でテルさんが仕込みをしていた。
「元バーで、なぜか簡易シャワーが付いていたので取りました(笑)。借りてから半年くらいかけて改装したんです」


椅子に座ると、柔らかくてコクのある喫茶店みたいなアイスコーヒーが出てきた。染みる~。「インスタントコーヒーで満足」だったテルさんがコーヒーの道に入ったのは約10年前。アパレルの会社を辞めてニートな時間を過ごしていたときNHKで見た、京都のお祭りの映像がきっかけだったらしい。
「地元の喫茶店が屋台を出していて、『コーヒーの屋台ってあるんだ!』と驚いて。それに、ちょうどサードウェーブブームで、入れ墨姿でコーヒーを淹れる若者もよく見かけたんです。コーヒーっておじさんがやる仕事だと思ってたけど、この感じもアリなんだって」
そこでテルさんは西小山の喫茶店『ぽえむ』で働き始めた。1966年に阿佐ヶ谷で創業した老舗の、フランチャイズ店だ。直火焙煎の豆の味わいを学びながら、同時にNHKで見た屋台の面影を追い、改造リヤカーでコーヒーを出すように。自宅で豆を焼き、東京でも地方でも淹れ続けて9年。ようやく安住の地を得たのである。

「上北沢に馴染みはなかったけど、友達がよく来てくれてありがたいです」
タクシーの運転手さんも、仕事前に「一杯だけ」と立ち寄ってくれるという。喫茶店の落ち着きと、コーヒースタンドの気軽さが両立する店って、そうそうない。新しい店に出合えた気がした。


インフォメーション
タチアナ焙煎所
2021年8月オープンのコーヒー店兼焙煎所。ギャラリー『Open Letter』もご近所。◎東京都杉並区下高井戸4-8-2 03·6379·8737 9:00~18:00 月休