カルチャー
残暑のサマーリーディングリスト。【後編】
『森山大道 路上スナップのススメ』『旅の断片』...etc
2021年9月23日
illustration: Elijah Anderson
photo: Natsumi Kakuto
text: Tamio Ogasawara, Keisuke Kagiwada, Ryota Mukai, POPEYE
edit: Kosuke Ide
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サマーリーディング、っていうのはその名のとおり、夏に本を読もうっていう習慣だ(休みも長いしね)。アメリカなんかじゃ当たりまえで、毎年いろんな有名人や人気の会社が夏に読むべき本のリストを発表する。あのオバマ前大統領やビル・ゲイツは特に有名だ。ポパイ編集部も、みんなで出し合ったサマーリーディング・リストを作ってみたよ。よかったら読んでみてね!
1. 『禅とオートバイ修理技術 価値の探求 上巻・下巻』
ロバート・M・パーシグ 著
五十嵐美克 訳
1968年のアメリカ横断旅を描いた自伝的小説。いわゆるロードトリップものだが、哲学書でもある奇書。著者は誰にでもわかる善悪の神髄を“クオリティ”と名付け、プラトンやカントなど古今東西の思想をひきながら独自の考えを生み出していく。旅の途中、度々メンテナンスが必要になるオートバイ。その修理には「無」になることが必要だ、という気付きが東洋思想の代表としての禅と接続されるさまにはただただあんぐりしてしまう。一見、奇天烈なタイトルにも納得。
2. 『男子厨房学(メンズ・クッキング)入門』
玉村豊男 著
1985年初版、タイトルこそダンチュー(男厨)が銘打たれているものの、「男だからでも、男でも、でもなく、一人のトータルな生活者として気軽に日常の暮しの中で台所に立ち、どんなものでもおいしく食べてしまう術を心得よう」(文庫版あとがき)と著者は唱える。包丁の使い方から料理の技術と文化、果ては台所の後始末までのイロハを、圧倒的に豊富な知識と筆力を持つ先生がユーモアも交え懇切丁寧に教えてくれるのだから、こんなありがたい入門書は未だになかなかない。
3. 『青が散る』
宮本 輝 著
三流大学のテニス部に惰性で入部した青年の4年を描いた“超”青春小説。熱血漢のスポーツマン、精神疾患がある天才肌の優男、不幸な恋に向かう美人なお嬢様など、「こんな友達いた」と思わせる甘酸っぱいキャラが次々と出てきて、誰かしらに自分を重ねられるので瞬時に心がバック・トゥ・キャンパス。周囲の失恋や変化に一石を投じようとするが、結局テニスしかできない平凡な主人公は「徹底的にやってやる、自分には他に何も目標がないのだから」と部活に熱中するが……。
4. 『異なり記念日』
齋藤陽道 著
生まれつき耳が聞こえず、ずっと補聴器を使い生活してきたが、手話を覚え、20歳の誕生日に補聴器を外した写真家の著者。「聞こえる家族」に生まれた彼と違い、ろう者の家族で育ったろう者である妻。その二人の間に、「聞こえる」子供が誕生した。「異なる」3人の日々の記録は、穏やかで柔らかい愛情に包まれていて、また感覚の違いを一から確かめ合うようなコミュニケーションの生々しい手触りがある。親としての温かい視線を感じる日常のスナップ写真も心に残る。
5. 『挑戦せずにあきらめることはできない
マイケル・ジョーダンのメッセージ。』
マイケル・ジョーダン 著
ラモス瑠偉 監訳 楠木成文 訳
自らの人生の信条を、ジョーダン自身が力強い言葉で綴るこの本はたったの45ページ。15分で読了できる。でも、このタイトルとの出合いに胸を打たれ、読めば生涯の友と呼べる一冊になるという人もいるかも。目標、恐怖心、責任、チームワーク、基本、リーダーシップの全6章に溢れる金言、その一言一言は、ジョーダンがNBAを突如引退し、野球選手としてメジャーリーグに挑戦していた時期に書かれた。そう知ると、リアルなアツさを一層感じずにはいられない。
6. 『森山大道 路上スナップのススメ』
森山大道、仲本 剛 著
これを読むと写真が撮りたくて居ても立ってもいられなくなる。実際のところ、読んだそばからカメラを片手に近くの商店街を往復したのは、森山大道がこう言っていたからだ。「商店街というのは、あらゆるものが混在する場所。さまざまな物が撮れるし、人間も撮れる。スナップワークのレッスンに、これほど格好の場所はないんだよ」。写真は欲望で撮るのだとも言う。実際に撮った砂町銀座商店街の写真も収められていて、答え合わせをするがごとく凝視し、ため息をつく。
7. 『蕎麦湯が来ない』
せきしろ、又吉直樹 著
又吉直樹とせきしろによる自由律俳句とコラム集の最新作。「店員同士の絆が凄いことはわかった」「過半数が帰った会にいる」「ふぅふぅが口笛になった」「セルフの水のコップが熱い」など、なんてことのなさすぎる情景が淡々と並び、普段やり過ごしていた景色に実は潜在意識が反応していたのだと言語化されてやっと気がつく。押し入れの奥に眠っていた、なんでもない日々の写真を不意に見つけたときのような感情に似ていて、退屈な夏休みも捨てたもんじゃないと思える。
8. 『岩壁よ おはよう』
長谷川恒男 著
世界初の冬季アルプス三大北壁単独登攀に成功した長谷川恒男の青春記は、ジーパンにズック、上は御徒町で買った米軍用のジャンパーという軽装で、15歳で登った丹沢の話に始まる。山に惹かれ、磨かれていき、単独登攀への道を歩むようになる26歳までの、言わば無名時代を自身の手で書き綴った。天才クライマーと呼ばれた男の爽やかで、純粋かつ真っすぐな山の物語は、山に興味がない人間も登ってみたくなる熱い一冊であり、タイトルと表紙の写真が素敵すぎでもある。
9. 『旅をする木』
星野道夫 著
1978年から15年以上暮らしたアラスカの地から、写真家・星野道夫が送ってくれたメッセージ。この33編を読むといつも、短い僕たちの一生の中で気付いていると豊かだなと思う何かを見つけ、考える。季節の変化とめぐりを感じる尊さ。情報が極めて少ない世界が人間に与える力。自分が生きている同じ瞬間に、世界にはもうひとつの時間が、確実に、ゆっくりと流れていること。そして、アラスカで「たどり着くべき港さえわからない新しい旅」を始めた熱い心について。
10. 『旅の断片』
若菜晃子 著
前著『街と山のあいだ』は自らの豊富な登山体験の中で感じた山の魅力を静かな筆致で綴った素敵なエッセイ集だったが、旅をテーマにした続編のこちらもいい。メキシコでサボテンに心を重ね、キプロス島の化石の浜に1万年の時間を感じる。サハリンの鉄道で少女と贈りものを交換し合う。どれもささやかだけどずっと心の中に残り続けるようなエピソードで、小さな世界に目を向ける著者の視線を端々に感じる。自ら描いた装画も、端正な装丁にも謙虚な美しさがある。
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