カルチャー
残暑のサマーリーディングリスト。【中編】
『愛なんてセックスの書き間違い』『IQ、IQ2』...etc
2021年9月16日
illustration: Elijah Anderson
photo: Natsumi Kakuto
text: Tamio Ogasawara, Keisuke Kagiwada, Ryota Mukai, POPEYE
edit: Kosuke Ide
ムック本『僕たちはこんな本を読んできた』好評発売中。
サマーリーディング、っていうのはその名のとおり、夏に本を読もうっていう習慣だ(休みも長いしね)。アメリカなんかじゃ当たりまえで、毎年いろんな有名人や人気の会社が夏に読むべき本のリストを発表する。あのオバマ前大統領やビル・ゲイツは特に有名だ。ポパイ編集部も、みんなで出し合ったサマーリーディング・リストを作ってみたよ。よかったら読んでみてね!
本棚に詩集を。一度読み終わったら二度と読まない類いの本と違って、詩なら何度でも手に取って味わえるし、そのたび、異なる感じ方を楽しむことができる。マンチェスター大学で人類学を学び、詩、小説、平面彫刻、インスタレーション、映画などを手掛ける(!)アーティスト、ふくだぺろが英国の出版社から刊行した詩集は、英語と日本語の短い言葉を自由に配置した視覚詩的な作品が並ぶ。そのリズム感は目で楽しむ音楽のよう。ドイツ装に金箔押しの装丁も美しい。
このネット時代に今さら「レア・グルーヴ的」も何もあったものではないが、1965年に34歳で夭折した山川方夫という知る人ぞ知る小説家の作品は、今こそ真価がよりわかるという気がする。本書はその山川の代表作を含む短編集。戦争の記憶を辿る表題作は夏の光に死の影が滲むサマー・クラシック掌編(教科書で読んだ人もいるかも)。半世紀以上も昔の作品とは思えないクールでモダンな文体はどこか初期の村上春樹を思わせるが、山川にはジャズを題材にした作品も多い。
平坦化された21世紀の只中において束の間の全き荒野を、シーカヤックに乗り込み、海を渡り、大判カメラで氷河を収める。写真家、石塚元太良のアラスカを冒険する上での知性、自然への畏敬の念、心の葛藤、何より無邪気な好奇心がこの一冊には詰まっている。一生かけても行くことのないであろう、文明から遠く離れた場所で淡々と起こる2018年夏の20日間ほどの、最も重要な撮影対象に迫る記憶の記録は、眩しく、羨ましく、そして清々しいほどに気持ちがいいのだ。
ハーラン・エリスンは、今最も気にしたい小説家の一人。なぜって、今年新作映画が公開予定の『エヴァンゲリオン』のTV版最終回のタイトル「世界の中心でアイを叫んだけもの」は、彼の同名SF小説の引用だから(実際の題名は「愛」だけど)。手始めに読むなら、くだんの作品と同じくらい題名がイカすこちらの非SF短編集を。どれも捨てがたいけど、エリスン本人がNYのギャングに偽名で10週間潜入して書いたという「人殺しになった少年」には特に痺れた。
普段顧みることのない、あまりに早い時間の流れに気付かされ、海外文学をじっくり読みたくなる、読書という行為についてのエッセイ。マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』やヨシフ・ブロツキーの連詩の一節の引用を、作家で翻訳者の著者のコメントとともにゆっくり読めば、自分自身と向き合うことにすらなる。「本を読むということは、生命に必要なもの、愉しみに満ちた習慣、遊び心をもちながらおこなう軌道修正である」。いずれはそんな境地に辿り着きたい。
ヒップホップ好きは、読み逃し厳禁の探偵小説である。なんせ現代LAを舞台に、天才黒人青年のアイゼイア・クィンターベイaka“IQ”が、元ギャングスタのドッドソンを相棒に従え、事件に立ち向かう姿が活写されるんだから。しかも、シリーズ第1作の依頼人は大物ラッパーで、ゲットーのフッドライフもリアルに描かれる。これでピンとこない人は、今すぐ首にかけた金ネックレスをはずすべき。ちなみに第2作は、窮地に陥ったクラブDJを助けるって話だ。
決められた文字数の中でこれほどにリズムがよく、一気に読み終えてしまうのに、読後はうーむと考えさせられるみっちりと重量感あるコラムは深代惇郎の『天声人語』をおいて他はなし。読めばわかる反骨精神、知識の幅、正邪の洞察を、ユーモアを交えて温かく書き上げる。白血病で急逝するまでの2年9か月の短い執筆ではあったが、そこには命の燃焼があったに違いない。もしこれを読んでいない編集者やライターがいれば、すぐにしれっと購読することを切に願う。
1977年に発行された心理学者・岸田秀のベストセラー『ものぐさ精神分析』に「深いところで眠りを醒まされた」と心酔する伊丹十三が、自我、自意識など精神世界の定番トピックについてあらためて説明を求める対談。「自己という内面はほとんど幻想でできている」と語る岸田に対し、伊丹は「辣韮の皮みたいで、剥いても剥いても幻想ですか?」と独特の言語センスで食ってかかる。心理学を学問としてでなく、あくまで自分の内側を照らす道具として使い倒す2人がクール。
計器を使わず、五感が受け取る情報を頼りに旅する「ナチュラル・ナヴィゲーション」の技術を教える探検家であり、イギリス最大の旅行会社「Trailfinders」の副会長、そして飛行および航海で大西洋を単独横断した現存する唯一の人物……ってそれだけで興味が湧いてしまうが、その著者が自らの旅と冒険の哲学を多くの探検家をはじめとした先人の歴史に触れながら説く。毎日通い続ける退屈な通勤や通学の道も、五感を開けば驚くべき自然の世界が拓けるのだ。
お店がなくなって、初めてその存在の大きさがわかることってある。本書はかつて青山・骨董通りに存在し、1989年に閉店した伝説的なレコード店の店長/オーナーだった著者の回想録。シュガー・ベイブやティン・パン・アレーのマネージャーも務めた人物だけに、その内容は日本の(今で言う)シティ・ポップ裏面史としても重要なもの。こんな小さくてセンスのいい、インディペンデントなレコード店によって日本のポップ・シーンが支えられてきたという事実が素晴らしい。
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