カルチャー
残暑のサマーリーディングリスト。【前編】
『早春スケッチブック』『夏服を着た女たち』…etc
2021年9月9日
illustration: Elijah Anderson
photo: Natsumi Kakuto
text: Tamio Ogasawara, Keisuke Kagiwada, Ryota Mukai, POPEYE
edit: Kosuke Ide
ムック本『僕たちはこんな本を読んできた』好評発売中。
サマーリーディング、っていうのはその名のとおり、夏に本を読もうっていう習慣だ(休みも長いしね)。アメリカなんかじゃ当たりまえで、毎年いろんな有名人や人気の会社が夏に読むべき本のリストを発表する。あのオバマ前大統領やビル・ゲイツは特に有名だ。ポパイ編集部も、みんなで出し合ったサマーリーディング・リストを作ってみたよ。よかったら読んでみてね!
元写真家で破天荒な実の父と心優しく世間体を気にするサラリーマンの育ての父。大学受験直前に実父の存在を知る長男。そして、正反対の二人を愛した母。と、登場人物を書いただけで息が苦しくなる山田太一ドラマの脚本。「お前らは骨の髄までありきたりだ」「魂に一ワットの光もねぇ、そんな奴が長生きしたって、なんになる?」など安定志向を否定する言葉が家庭を捨てた父から現・家族に吐き出されるが、自分の中の月並みで打算的な部分にもビシビシと突き刺さり、痛い。
生粋のニューヨーカー、アーウィン・ショーの短編集。タイトルからして爽やかな夏の薫りが漂ってきそうな表題作は、ニューヨークの五番街を散歩している夫婦の話だ。しかし、洒落た手触りは、夫が街行く美人に気を取られたことで一転、男女関係では避けて通れぬホロ苦さで淡く染められていく。他9編も粒揃いで、公園のベンチで読むのにうってつけ。新訳版のほうが手に入りやすいけど、どうせなら和田誠の素敵なイラストが目を引く1984年版を探すべし。
ケンブリッジ大学の研究員だった著者が、オオタカを飼い、調教し、共に過ごした1年間の実録。キジや野ウサギを捕殺する鷹狩りの緊迫感・疾走感、そのフィールドとなる英国の大自然が清々しく脳裏に浮かぶ。この文章の美しさよ! そしてそれ以上に、人間の道理が通用しない鷹=野生と深く関わることで得た著者の気付きから、人間の都合よさ・自然界での人間のあり方について考えさせられ、少し優しい心持ちになれるかも。オバマ前大統領の2016年・夏の推薦図書。
もうかれこれ9年前の『ポパイ』リニューアル時に先輩からシティボーイってこういう感じじゃないかなと渡された本がこの2冊。’80年代の神戸の街を雨のように通り過ぎるラブストーリーは、ときおりかかるレコードの選曲も、オーバーサイズで着こなすオックスフォードのボタンダウンシャツも、女の子との遊び方も、全部がお洒落。数時間もあれば読み終えられる詩のような語感のいい文章は、’90年代に現れる渋谷系の先取りとも言える。夏の恋って、するだけでいいよね。
偶然読んだ小説の主人公が自分と同い年だと気が付いて、舞い上がったことってない? これはポール・オースターが作家になる前後の仕事を、発表時の年号とともに収録。つい、数字を追って当時の年齢を計算すると、クヌート・ハムスンの小説『飢え』を論じた「空腹の芸術」は23歳のときのエッセイだった。フランツ・カフカ、アルチュール・ランボー、サミュエル・ベケットらを引く博覧強記ぶりに驚き、憧れたもの。最後は43歳のときのインタビュー。まだまだ楽しめる。
「この二十一世紀においては決して許されない唯一の大罪」、要するにSNS上でのポカをヤラカシたサンフランシスコ在住女性の物語が、ネットやポップカルチャー、それから差別をはじめとする社会問題なんかも織り交ぜて、不真面目かつ下品に綴られた長編小説。炎上しがちなボーイ&ガールにおかれましてはぜひとも読まれたし。著者は20歳で早逝した実在のラッパー、XXXテンタシオンのツイートをもとにした作品も書いている。そっちも翻訳が待ち遠しい。
1970年代、グレイトフル・デッドらが敬愛したことで注目を浴びたメディスンマン、ローリング・サンダーに精神世界の研究者であるダグ・ボイドが密着した日々の記録。カメムシを突っつき雷を起こしたり、黒魔術師を倒したり、トンデモ現象が連発するが、その根拠を土地の歴史と自然の摂理を例にとりながらダグに語りかけるので、次第に「起きて当然」と納得する。現代を予知したような言葉が時々出てくるので、この本を通して彼の不思議な力を僕らも受け取れてるのかも。
MeTooもKuTooも考えるべきだが、女性のジェンダー問題について考えるとき、当然「男らしさ」についても思いを巡らせることになる。のだけど、意外と男性の性的役割について考察した本はなかなかない。そんな中、イギリス人の著名なアーティストである著者が実体験を交えて現代の「男性性」のあり方を語る本書は貴重かつ面白い。ユーモラス&アイロニカルな文体は随所で笑いを誘うが、その内容は真摯で本質を穿つ。風刺の効いたイラストも本人の手によるもの。
今、敬意を込めてあえて言うなら、その筆致は無二の“サイケデリック文芸”。“ブッ飛んだ”作家。それが稲垣足穂だ。三島由紀夫は稲垣作品から漂う少年の匂いに惚れ込んでいたそうだ。この短編集でも、箒星の尻尾が当たった場所に美しい都会が出現し、瞬きしたら骸骨になった(「彗星問答」)とか、土星が環を表に立てかけて酒場に入ったら、通りがかった車がその環をタイヤにして走り去った(「わたしのLSD」)とか、無邪気に果てしなく広がる想像力を存分に味わえる。
まずタイトルがシブい。そしてカバー写真の片岡さんがかっこいい。1973年に植草甚一責任編集により創刊されたサブカルチャー誌『ワンダーランド』と後継誌『宝島』で続いた短編小説の連載をまとめたもの。ハイウェイ、貨物列車、トラックドライバー、ドライヴイン、ウェイトレス、巡業歌手、スクール・バス……登場するすべてが、アメリカの乾き切った風を運んでくる舞台装置として機能している。古き良き時代の彼の国の叙情が、今読むとさらに郷愁を誘う。
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