カルチャー

【#3】クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書

紹介書籍 #3 『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』

2021年3月17日

クソどうでもいい自分になる前に

 自分が今やっている仕事を「クソどうでもいいな」と思ったことがある人は、どのくらいいるだろうか。社会人生活を十年以上やってきた私には、結構ある。

 1日かけて作った会議資料が全く使われなかった時や、何の成果もなく夕日を浴びながら営業車で会社に戻る時、形式だけの社内報告書を作っている時。

 誰も喜ばないし誰にも必要とされていない仕事をしていると、自分はこの世に存在する価値無しって気分になることも。そんな時によく効く魔法の言葉を私は知っている。

「どうせ仕事だから」

「仕事は辛く厳しいもの。だから給料がもらえるんだ」

 そうやって仕事と自分を線引きすることで心の均衡を保ち、溜まった鬱憤を晴らすようにお酒を呑んだりパンクを聴いたりしてきたが、昨年、自分の中の仕事観が大きく揺らぐ経験をした。

 それは家族が入院して病院にお世話になった時なのだけど、悲しみや不安を抱く我々に対して、医師や看護師、病院スタッフの方々が真摯に寄り添い、優しさで安心を与え、愛情で背中を押してさえくれたのだ。その仕事っぷりを間近で見て「働くってこういうことか」って、本当に感服してしまった。

 コロナ禍で仕事観が社会的にも転換点を迎えている中で、リモートワークでは成り立たないエッセンシャルワーカーの方々やケア労働の重要性を多くの人が実感していると思う。そして、得てしてその様な社会的に必要とされる仕事に就く方々の待遇や労働環境が悪く、逆に社会的にあまり必要とされなていない仕事に就く人の方が待遇が良いという逆転現象が起きている。

 そんな社会を痛快に炙り出してみせたのが『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』だ。

 著者のデヴィッド・グレーバーは、ムダで無意味な仕事をブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)と呼ぶ。それは客観的な社会的価値に基づくというよりかは、仕事に就く本人がその仕事をムダで無意味であると確信しているかどうかで判断される。自分の仕事には意味がないと自覚しながら働き、苦痛の対価として給与を得ている人が実はたくさんいて、それはどんな仕事で、何故その様な仕事が増殖していて、それがこの社会にどの様な影響を及ぼしているのかが本書に記されている。

 結構分厚いしちょっと難解なところもあるのだけど、著者が本書を通じて実現したいのは、この世界を人間が尊厳と自由を奪われずに生きられるまっとうな世界に変えることだと感じた。

 「自分の仕事、意味ねー」と思ってる人が大勢いる一方で「自分の仕事には意味がある」と確信して働く人の給料が低くてやってけない社会って、まっとうじゃない。だからみんな意味のある仕事に就いてまっとうな社会にしようぜ、という短絡的な結論ではなくて、仕事や社会のあり方自体を見直すための革命の書が本書なのだ。

 私は前述した病院での体験や本書との出会いを経て、最近仕事を変えた。収入は下がったけど、まっとうな社会づくりに参加したくて、日々の中で模索してみることにした。

 よく転職サイトの広告で「自分の市場価値を高める」みたいなキャッチフレーズを見掛けるけど、そんなんどうでもいいし、そもそも一生懸命働く人間を「市場価値」で測る社会にはこれからも抵抗していきたい。本書を読んで、改めてそう思った。

 自分や他人を偽りながらも「仕事だから」と割りきって、クソどうでもいいと思いながら働いている人には是非手にとってほしい名著。

紹介書籍

『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』

著:デヴィッド・グレーバー

出版社:岩波書店

発行年月:2020年7月

プロフィール

小野寺伝助

おのでら・でんすけ|1985年、北海道生まれ。<地下BOOKS>代表。パンク・ハードコアバンド「v/acation」でドラム、「ffeeco woman」でギター、「Haus」で電子音を担当。今回は、著書『クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書』をPOPEYEweb仕様にて選書。