TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#4】私という出版者のつくり方

執筆: 石躍凌摩

2026年11月1日

復刊を進めるにあたって、まずは旧版元の新潮社に電話をしました。『あしたから出版社』には旧版元への確認は最後に取ったと書かれてありましたが、かねてから、これほど素晴らしい作品が絶版となっている訳は、物それ自体というよりはその外側に──たとえば権利関係でこじれている等の──問題があるからではないか、と思っていたからです。ところが返答はシンプルで、新潮社としては出版権を放棄しておりますので、御社が復刊されることに何の問題もない、というものでした。

となれば、次は翻訳著作権の交渉です。伊丹さんのご遺族といえば、名俳優・宮本信子さん。『あしたから出版社』にはご遺族の住所を調べて手紙を書いたと書かれていましたが、当然調べて出てくる筈もありません。さてどうしたものか、とさらに調べて、愛媛に伊丹十三記念館というものがあることを知りました。ここに手紙を持って行けば、宮本さんに手紙を送ってくれるかもしれない。

そこで手紙と『微花』を同封したレターパックを伊丹十三記念館に持参して、展示をひとしきり堪能した後、奥のカフェにいたスタッフさんに事情を説明して、宮本さんにこのレターパックを送ってくれませんか、とお願いをしました。

もちろんかまわないのですが、宮本館長はそういった権利関係のことはノータッチで、もしよろしければ窓口をご紹介しましょうか?

そうして始まった権利交渉の道のりは、想像以上に長く苦しいものでした。どれくらい長かったかというと、印刷会社から『パパ』が納品されたのが8月7日で、最終的にエージェントを通じてサローヤン側のサインの入った契約書が届いたのが8月4日だったといえば、少しは伝わるでしょうか。期間にしてちょうど一年。『あしたから出版社』に書かれてあったのとはまるで違ったこの間の顛末──いわば私の『あしたから出版社』──は現在全国巡回中の復刊記念トークライブでも好評で、仔細に書きたい気持ちは山々なのですが、紙幅の都合上、また別の機会に譲りたいと思います。

とにかく権利交渉というものは、待ち、祈る日々だった。三十余年生きてきて、これほど何かを待ち、祈ったことはありませんでした。では、祈るとはなにか?と、待つことのほか何もやることがなかった私は、そこから初めて宗教に興味を惹かれました。そうして長く苦しい待ちの時期に私の支えとなったのが、浄土真宗でした。なかでも柳宗悦の書いた『南無阿弥陀仏』に、私は祈る者としての在り方を教わりました。

柳曰く、浄土真宗(他力の思想)とは、生活の中に六字──南無阿弥陀仏という名号、つまり祈り──があるのではなく、六字の中に生活があり、救いを求めて祈るのではなく──そうしているうちはまだ自分一人の祈り、つまり自力に過ぎない──我を捨てて祈ることで、初めて弥陀の力を受け取るに至る、これが他力の思想であると。

この考えは、ひとり祈りながら追い詰められていた私にとって救いでした。祈るとき、ひとは己れを見てはならぬのだと。そうして思い出したのは、宮本さんに手紙を書くにあたって失礼のないよう、あらためて『パパ』を精読していたときに読んだ次の一節でした。

「人間は遅かれ早かれ誰だって死ぬ。そして、人間は死んでしまったらそれでおしまいだろ?だけど、人間は死んだあと、この世に何を残すか?いい本を一冊この世に残すというのは人間として最高のことなんだ」

『パパ・ユーア クレイジー』p195

繰り返し何度も読んできた一節でしたが、柳の『南無阿弥陀仏』を読んだ後にもう一度ここを読み返すと、私にはこれが、サローヤンの祈りなのではないか、しかもその祈りは、今まさに『パパ』の復刊を祈る私を通じて祈られている──果たしてそれこそが本を読むということなのではないか、とそう思えたのです。

祈りとは、言うことよりも、だから聴くことであり、本を読むということはだから祈ることである。そういう読書もまたありうる。「読むことを生きている状態」と伊丹さんが訳者あとがきに書いた状態も、あるいはそういうことなのかもしれません。

読むことを生きる──私が初めて『パパ』を読んだ2014年から、2026年現在までの来し方を振り返ってみると、『微花』という本をつくったことも庭師になったことも出版者になったことも、すべては『パパ』に書かれてあることを他人事として読み飛ばすことができず、自分事として読み続けてきたことに依るのではないか、という気がしてなりません。

一方で、本がなくても生きていける、と。こうした言説が、あろうことか出版に従事する者の口から発せられることも珍しくありません。まあそれはそれとして。私は生きるために本がひつようでした。本がなければ、今頃どうなっていたかも知れない──こうしたことは、私にかぎったことなのだろうか?そうではないのではないか?ならば私は、本を読むことのアートに賭けよう。これが私という出版者の祈りです。

プロフィール

石躍凌摩

いしやく・りょうま|1993年、大阪府生まれ。福岡県在住。庭師。2015年、西田有輝と共に植物図鑑『微花』を創刊。以後、2019年までに同名の図鑑を四季七冊刊行。2026年8月、長らく絶版となっていた小説『パパ・ユーア クレイジー』を復刊するため、植物図鑑『微花』あらため、版元「微花」として再始動。

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