TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#1】私という出版社のつくり方

執筆: 石躍凌摩

2026年10月11日

POPEYE Webをご覧のみなさま、はじめまして。福岡県で庭師をしています、石躍凌摩と申します。庭師を本業としつつ、今年の八月に、二十年以上絶版となっていた不朽の名作『パパ・ユーア クレイジー』を復刊するため、版元「微花(かすか)」を立ち上げました。POPEYE編集部の方から、『パパ・ユーア クレイジー』の復刊にまつわるエピソードを連載してほしい、というご依頼があって、このたび筆を執った次第です。

庭師をしながら出版も──と自己紹介すると、意外な顔をされることが多いのですが、私がいま庭師をしているきっかけとなったのは、2015年に、私と西田有輝(大阪を拠点としている庭師兼グラフィックデザイナー)の二人で創刊した季刊誌の植物図鑑『微花』であり、その『微花』を制作するうえでなくてはならなかった本が、ほかでもない『パパ・ユーア クレイジー』でした。つまり、私が庭師になることを選んだのは──選んだというよりも、そうせざるを得なかったのは──もとをたどれば”本を読んだから”であり、本を読むというのはそれくらいのことだと思っています。どういうことか。

撮影・定松伸治

私が『パパ・ユーア クレイジー』をはじめて手にしたのは、2014年に西田から薦められたのがきっかけで、同年、彼が旅先で立ち寄った香川の仏生山温泉でやっていた古本市に、『パパ・ユーア クレイジー』の新潮文庫版が並んでいたのを偶然手にとり、表紙の絵と裏表紙のコピーに惹かれて買ったのがすべての始まりでした。そのコピーには次のように書かれています。

マリブの海辺にある父の家で、僕と父の新しい生活が始まった。父は僕に、僕自身についての小説を書くように言った。僕は海を、月を、太陽を、船を知ってはいるけれど、僕自身や世界をほんとうに理解するにはどうすればいいんだろう──10歳の少年ピートは父親との時に厳しく、時にさわやかな会話を通じて、生きることの意味を学んでゆく。名匠が息子に捧げた心あたたまる詩的小説。

つまり『パパ・ユーア クレイジー』は、作家の父と、その10歳の息子ピートの物語であり、自分自身や世界をほんとうに理解すること、それから生きることの意味を学んでゆくことについて書かれている、と。2014年当時、まさに生きることの意味に悩んでいた私にとって渡りに船でした。

そうして、63章ある物語の、初読から今もなお、私にとってのハイライトとなっているのが「37./葉」という章で、まずはここから読んでみたいと思います。『パパ・ユーア クレイジー』は、だいたい20章ごとに父と子の二人暮らし、父と子の旅、旅から帰っての二人暮らし、と展開していくのですが、その旅の途中、二人は美術館に立ち寄ります。そこで様々な作品を見た後──

僕らは外へ出て芝生の上に立ち、太陽が沈んでゆくのを眺めた。僕の父がいった。「もし
アートがなかったとしたら、われわれはとっくの昔に地球の表面から消滅していたろうね」
アートって、本当は何なんだろう。そして、人間って本当は何なんだろう、そして、世界って本当は何なんだろう。 僕には全然判らない。
海の中へ太陽が沈んでゆくのを、眺めながら、僕の父がいった。
「どの家庭にもアート用のテーブルがあって、その上にはいろんな物が一つ一つ置かれていて、その家の人たちは、その物を非常に注意深く観察したり、その物に出会ったりすることができる──そんなふうにあるべきだと思うね」
「あなたならそういうテーブルにどんな物を置くの?」
「一枚の葉、一つの貨幣、一箇のボタン、一箇の石、引き裂かれた新聞紙の小さな断片、一箇の林檎、一箇の卵、一つのすべすべした丸い小石、一輪の花、一匹の死んだ昆虫、靴の片一方」
「誰だってそういう物は見たことがあるよ」
「それは見たことはあるだろう。しかし誰も見つめた人はいない。アートとはそれなのさ。ありふれた物を、それらが今まで一度も見られたことがなかったかのごとく見つめるということなのさ(後略)」 

『パパ・ユーア クレイジー』p116〜p117

初めてこの文章を読んだとき、私はこのアートの定義に胸を打たれました。平生見過ごしてしまいがちなありふれたものを、見るだけでなく、見つめること。ここにかぎらず、パパは作中折りに触れ、ピートが浜辺で拾ってきた岩や貝殻や流木、あるいはキッチンにあった赤豆について、「注意深く観察すること」をピートに説き続けます。ピートもそれに応えて──

僕は沢山のことを観察した。僕はもし僕が注意深く見なければ決して気がつかなかったような点に気がついた。僕は世界の中の小さな物たちが、その見かけより遥かに多くのものを持っているということを発見した。

『パパ・ユーア クレイジー』p37

このようにして、父との生活、それから旅をするなかで、観察と発見を積み重ねていったピートに、あるとき重大な変化が訪れます。

プロフィール

石躍凌摩

いしやく・りょうま|1993年、大阪府生まれ。福岡県在住。庭師。2015年、西田有輝と共に植物図鑑『微花』を創刊。以後、2019年までに同名の図鑑を四季七冊刊行。2026年8月、長らく絶版となっていた小説『パパ・ユーア クレイジー』を復刊するため、植物図鑑『微花』あらため、版元「微花」として再始動。

Instagram
個人 https://www.instagram.com/ryomaishiyaku/
微花 https://www.instagram.com/kasuka_mag/