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WilsonとUS OPENが彩るニューヨークの晩夏。

Wilsonとテニスの深い関係を巡った夏の終わりの記録。

2026年10月9日

photo: Takeshi Matsumi
text: Shimpei Nakagawa

メイン会場のアーサー・アッシュ・スタジアム

夏の終わりを感じる8月最終週から約3週間に渡って、ニューヨークを舞台に開催される全米オープン。テニス4大大会の中でも最もエンタメ色が強いと言われ、昨年の来場者は100万人越え。確かに毎年この時期になると、ニューヨークの至るところで「US Open」と刺繍の入ったキャップを被る人を見かけるようになる。まさに街をあげたお祭り騒ぎになるわけだけど、公式球として40年以上に渡って支えているのがWilsonって知ってた?

1914年にシカゴで創業したWilson。最初からスポーツブランドだったわけではなく、精肉会社の副産物を有効活用して、テニスラケットのストリングやバイオリンの弦、外科用の縫合糸などを作っていたという。いまではテニスだけでなく、NBAの公式球や野球、アメリカンフットボールなど、いろんなスポーツでおなじみのブランドだけれど、実は創業した年からテニスラケットも作っていた。どうやら、かなり早い段階からテニスとは縁があったらしい。
 
そして全米オープンとの関係が始まったのは1978年。この年、全米オープンは現在のクイーンズ、フラッシング・メドウズ・コロナ・パークに会場を移し、それまでのクレーコートからハードコートへと生まれ変わった。そのときからずっと、Wilsonのボールが公式球としてコートを飛び交っている。しかもWilsonが関わっているのは、コートの上だけじゃない。大会期間中のニューヨークでは、街を舞台にしたいろんな取り組みも行われている。というわけで、テニスボールを追いかけて、ポパイ編集部もその現場へ。

 本戦が始まる1週間前からスタートするファンウィークの初日。マンハッタンのソーホーの目抜通り沿いにあるWilsonのフラッグシップストアには、ラケットを持った人から、出社前であろう出立ちの人まで開店前から列をなしている。店内に入るとこの日にローンチされたUSオープン限定コレクションのアイテムがお出迎え。

左から順に、カレン・ハチャノフ選手、ジャスティン・ロバーツ選手、ジョディ・マジンリー

また本戦を翌週に控えるロシア出身のカレン・ハチャノフ選手(今回はベスト4に進出!)とプロテニス選手で「The Changeover」というポッドキャストを運営するジャスティン・ロバーツとジョディ・マジンリーの3名による公開収録も。収録後にはちゃっかりボールにサインまでもらってしまった。

その後、向かった先はセントラルパーク。「Ball the Brough」というセントラルパークやブルックリンなど、ニューヨーク各地のテニスコートを開放し、Wilsonのラケットを手に取って実際にプレーしてもらう機会をローカルコミュニティに提供するというイベント。子供がボールを追いかける隣で、マダムや、テニス愛好家がラリーをしている。セントラルパークのど真ん中で老若男女様々なニューヨーカーがテニスをしていて、これぞニューヨーク!な光景だった。

翌日はついに全米オープンの会場であるUSTAビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニス・センターへ。入り口に着くと開場を待つ長蛇の列ができている。ファンウィークはオンラインでFan Access Passを取得すれば誰でも無料で入れて、本戦出場をかけた予選が行われていたり、本戦に出場するトップ選手がコートで調整する姿を見ることができたりと、テニス好きだけでなく、ルールをよく知らない人でもふらっと遊びに行ける感じがいい。

決勝戦が行われるメインコートのアーサー・アッシュ・スタジアムでは男女のトップ選手がペアを組んで戦う、US Openのミックスダブルス大会が開催されていた。史上最多のグランドスラム優勝者として長くテニス界のトップに君臨してきたノバク・ジョコビッチと2024年と2025年に全米オープンを連覇したアリナ・サバレンカのペアや、女子テニスを変えたレジェンド、セリーナ・ウィリアムズと19歳で史上最年少の22歳で4大会を制覇したテニス界を代表する若きスターのカルロス・アルカラスという21歳差ぺアなど、もう、テニス界のスターがこれでもかと集まるお祭り騒ぎだ。

また今回の全米オープンで引退を表明していた日本のテニス史を塗り替えた錦織圭選手の予選も観戦することができた。1回戦にも関わらず会場は満員。試合の要所要所で「Nishikori」コールが起こるなど、日本人として初めてグランドスラム決勝の舞台を踏んだこの全米オープンで、いまも変わらない人気の大きさを肌で感じた。錦織選手、本当にお疲れさまでした!

元Vogue編集長のアナ・ウィンターも登場

同日夜には「Roger Federer: An Icon Returns to New York」と題された、テニス界のアイコン、ロジャー・フェデラーの国際テニス殿堂入りを記念したイベントが。2004年から2008年まで全米オープンを5連覇した彼にとって、ニューヨークは特別な場所。そんな彼を迎えるためにテニス好きとして知られるアナ・ウィンターが登場したり、かつてのライバル、アンディ・ロディックとのシングルスや、ジョン・マッケンローと組んでロディック&アンドレ・アガシと対戦するダブルスも行われた。テニスの歴史をつくってきたスターたちが、ひとつのコートに揃う。これぞ全米オープン。エンタメ感たっぷりの一夜だった。

この日、指定された住所に到着すると、そこにあったのは住宅街のなかに佇む、ごく普通の住宅ビル。ここでいったい何が? と少し戸惑いながらエントランスに入ると、ドアマンが「そのドアだよ」と指差す。「TOWN TENNIS CLUB」と書かれたドアがロビーにポツンとあり、開けてみるとヴィンテージのラケットがズラーっと並ぶ地下通路につながっている。

そこを抜けるとマンハッタンのビルとビルの狭間に3面コートが出現。ここは1954年創業の会員制プライベート・テニスクラブ「TOWN TENNIS CLUB」。

創設者は1931年ウィンブルドン王者のシドニー・ウッドと、グランドスラム6勝のドン・バッジで、会員は現役選手からのレッスンを受けられることもあるようで、過去にはビル・ゲイツも会員だったとか。セリーナ・ウィリアムズ、アーサー・アッシュ、ロジャー・フェデラーなども数々のレジェンドも練習に訪れたりと、単なるテニスクラブというよりは、ニューヨーカーの社交場にもなっているよう。

創設者は1931年ウィンブルドン王者のシドニー・ウッドと、グランドスラム6勝のドン・バッジで、会員は現役選手からのレッスンを受けられることもあるようで、過去にはビル・ゲイツも会員だったとか。セリーナ・ウィリアムズ、アーサー・アッシュ、ロジャー・フェデラーなども数々のレジェンドも練習に訪れたりと、単なるテニスクラブというよりは、ニューヨーカーの社交場にもなっているよう。

ここを会場にWilsonの新ラケット「Defyer」の、各国から集まった招待客によるプレイテストが行われ、テニス系コンテンツクリエイターのベン・ジョンソンによる、カレン・ハチャノフ選手とペイトン・スターンズ選手へのインタビューも行われた。また、Wilsonのデザインディレクターのジョエル・ミカエロフさんも会場にいたので、全米オープンに合わせて展開されている「New York Collection」についても話を聞いてみると「過去のヴィンテージグラフィックや歴代のロゴマーク、Wilsonの技術革新をデザインに取り入れながら、古さをそのまま見せるのではなく、新しさを感じられるように仕上げている」と教えてくれた。

Wilsonのデザインディレクターのジョエル・ミカエロフさん

今日は待ちに待った全米オープン本戦の日。試合まで少し時間があるので、Wilsonショップにお邪魔すると、すでに入店待ちの列ができるほどの盛況ぶり。ここでしか買えないミニラケットやミニラケットバッグがあったり、会場内で何度も目にした名物の直径22cmのジャンボテニスボールがみんなのお目当て。このボールに選手のサインをどれだけもらうかという楽しみ方もあるとか。

ジャンボテニスボールは期間中に2万個ほど売れるそう。

ふと、店内の2階を見上げると何台ものマシーンが並び、ラケットにストリングが張られている。というのもWilsonは全米オープンの公式ストリンガーを務めていて、世界各国から集まった24名のストリンガーが、選手たちが使うラケット一本一本ストリングを張っていく。1本のラケットを張り上げるのにかかる時間は、およそ15分で、なんと1日に500~600本を張るらしい。ストリンガーとしてこの道20年以上のレオニードさんは約4週間の間、全米オープンに滞在しラケットにストリングを張っている。「ラケットの張り具合はプレーそのものを左右する重要な要素だからね」。コートの上で繰り広げられる華やかな試合は、職人さんたちに支えられているわけだ。

NY在住のストリーンガー、レオニードさん

貼り終えた後のラケットのガットにステンシルでロゴを入れる

2番目の収容人数を誇るルイ・アームストロング・スタジアムでステファノ・チチパスとアルトゥール・フィスの本戦一回戦に。平日月曜のお昼にも関わらず、席もかなり埋まっていて見回していると、「こちらにどうぞ」と案内された席が最前列から2番目の席で、コートに手が届きそうな距離感。全米オープンの名物カクテル「ハニー・デュース(ウォッカにレモネードとラズベリーリキュール)」を片手に試合開始を待つ。

「ハニー・デュース」はテニスの40-40の「デュース」、串に刺さるテニスボールを模したハニーデューメロンから。ハニー・デュースの空のカップを何個も重ねて会場を練り歩くのも全米オープンの風物詩。

大きな歓声の中、両選手が登場したかと思うと、試合開始とともに会場が静まり返り、コートに響くのはボールがラケットに当たる音と「ンーッ!」という選手のグラント。目で追いかけるのがやっとのスピードでボールが行き交い、そのたびに観客が息を呑む。速い。近い。テレビで観るのとは、やっぱり全然違う。その臨場感にハニー・デュースを忘れるくらい(美味しいよ!)、試合に夢中になってしまった。

チチパス選手。元世界3位で、テニス界では数少ない片手バックハンドを武器にする選手だ。

これまでラケットも持ったことがない自分にとって、テニス、ひいては全米オープンは、少し遠い存在だった。世界のトップ選手が集まる、特別な場所で行われる大会。もちろん、それは間違っていない。でも、街を歩けば普通にUS Openのキャップを被った人がいて、公園ではラケットを振る人がいる。テニスって、ニューヨーカーにとってもっと身近なものなんだなぁと実感した。ファンウィークなら無料で入れるし、気軽にきてみても、その臨場感や紳士のスポーツならではの空気感を楽しめるはず。

試合を見終えた帰り道、気づけばWilsonのサイトで自分用のラケットをリサーチしていた。世界のトップ選手を観に来たはずなのに、自分もラケットを握ってみたくなっていた。全米オープン、恐るべし。