カルチャー

クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.33

紹介書籍『ヤクザときどきピアノ 増補版』

2026年2月15日

絶望して野垂れ死ぬのではなく、楽しんで死ぬ

相変わらずクソみたいな世の中にむしゃくしゃして、仏頂面でハードコアパンクのレコードを再生すると、ノイズにまみれたアナーキーな演奏が部屋に鳴り響き、しゃがれ声の男性ボーカルが叫びだす。
いいぞ、と心の中で静かに呟き仏頂面で聴いていたら「おじさんの声、イヤだ!!」と三歳の娘がレコードプレーヤーを強制停止、「おねえさんの声がいい」と言って代わりにアナ雪のCDを再生した。

生まれてはじめて 音楽にのり
生まれてはじめて 踊り明かすの
ああ うれしすぎて あたし舞い上がりそう

娘はおもちゃのマイクを握り、音楽にのり、感情を解き放って歌う。音程を外しても歌詞を間違えても気持ちよく歌いきる。私は心底羨ましいなと思った。どんなにレアなレコードを持っていても、どんなに演奏技術が巧みでも、私より娘の方が純粋に音楽を楽しんでいる。

私だってかつては地下のライブハウスで音楽にのり、陽気な気持ちで踊り明かしたりもした。聴く音楽の全てが新鮮で、輝いていた。それがいまじゃ家事育児の合間にくたびれたパンクのレコードを引っ張り出して仏頂面で聴く始末だ。

音楽で舞い上がりそうになるほどの高揚感を得られるのはキッズの特権で、私はそれを十分味わった。だからこれから先の人生でそうした喜びはもう感じられないのだろうな。と、自分の感受性が死にかけていることを加齢のせいにしていたのだが、反省している。
『ヤクザときどきピアノ』を読んだからだ。

本書は52歳(当時)のヤクザライターがABBAの「ダンシングクイーン」を聴いて感涙し、自分もピアノで弾いてみたいという衝動からピアノのレッスンを受け、発表会で演奏するまでの顛末が描かれたノンフィクションエッセイだ。

ABBA?パンクスは眉をひそめるだろう。怒りと反抗心に満ちたパンクとは対極にある、喜びや祝祭感が溢れる音楽だからだ。
ピアノのレッスン?パンクスは嘲笑するだろう。知識や技術の習得よりも情熱や衝動が大事なパンクに、レッスンなど無い。

そんな凝り固まったパンクの価値観で本書を読むと驚く。ピアノの先生がレッスン中に吐くセリフがパンクス顔負けの情熱に満ちているからだ。

「ピアノを弾くうえで大事なのは、感情を出し惜しみしないこと。」(P.62)
「下手でいいの。そんなこと音楽に関係ない。だからセーブしないで。解き放って」(P.62-63)
「よっし、最高!ベートーヴェンをぶっ飛ばしてやったわね!」(P.65)

先生が先生なら、生徒(著者)も生徒で、生まれてはじめてグランド・ピアノで“ド”の音を鳴らしただけで「うわーーーーーーーっ」と舞い上がったりして、まるで中学生がセックス・ピストルズのレコードを初めて聴いた時に受ける衝撃みたいな感じで高揚している。初回レッスンを終えた著者はこう振り返る。

「俺はおそらく、このレッスンを死ぬまで忘れないだろう。ガキの頃の感動だけが生涯にわたる宝物になるわけでもあるまい」(P.65)

衝動や情熱は、知識と経験が積み重なっていけばいくほど擦り減っていく。10代、20代で名盤を残したパンクバンドは多かれど、40代、50代で最高傑作を生み出したパンクバンドはほとんどいない。それが現実だ。じゃあ、ピークアウトしたパンクスはクソみたいな世界の中でなんの希望もなく、ただ絶望して野垂れ死ぬのか? 「きっと、そうだと思う」と仏頂面で言いたくなる気分が続いていたし、世界はクソの度合いを増していくけれど、本書を読んで抗いたい気持ちがムクムクと湧いてきた。

そういえばここ最近、80年代や90年代に名盤を残したパンクバンドが次々に再結成して、来日公演も多く行われている。おそらく、仕事や子育てが落ち着いて、すっかりおっさんになったレジェンドパンクスたちが、もう一度抗っているのだろう。抗うとはつまり、絶望して野垂れ死ぬのではなく、楽しんで死ぬことだ。

パンクにレッスンはないが、パンクのレッスンを受けたような気持ちで初心に帰れる読後感。
クソみたいな世界と自分に絶望しているパンクス必読の名著。

紹介書籍

クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.33

ヤクザときどきピアノ 増補版

著:鈴木 智彦
出版社:筑摩書房
発行年月:2025年9月

プロフィール

小野寺伝助

おのでら・でんすけ|1985年、北海道生まれ。会社員の傍ら、パンク・ハードコアバンドで音楽活動をしつつ、出版レーベル<地下BOOKS>を主宰。本連載は、自身の著書『クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書』をPOPEYE Web仕様で選書したもの。