カルチャー
水野太貴さんに聞いた、今月の副読書。
Vol.3『会話の0.2秒を言語学する』
2026年2月6日
「副読書」とは教科書の補助的教材として用いる資料集など、二次的に参考にするための書物のこと。本連載では毎回1冊の本を取り上げ、併せて読みたい「副読書」を著者が自らレコメンド! 理解を深め世界を広げる〈副〉読書のススメ。
今月の本
会話において、相手と話を交替するまでにかかる平均時間0.2秒。そのわずかな時間のなかで、一体どのような駆け引きが行われているのか。様々な学説や図説を用いながら、ちょっぴり難しい言語学の歴史をわかりやすく振り返るだけでなく、「食べログ」レビュー、お笑い番組、日銀総裁の会見、人気漫画のひとコマなどなどを引用しつつ、日常に潜む「言語学」を楽しく伝える一冊。昨年12月には5万部を突破した現代の必読書。(新潮社)
水野太貴さんが選んだ「副読書」3冊
これまでの言語学で重要視されてきたのは常に、文法や単語の成り立ちばかり。しかし、実際の会話は「あー」「いや」「はあ?」「え?」「で?」などなど、辞書には載らない言葉が意味するところは大きい。こんな言葉たちに「人間の本性」が表れていたら……。世界中の会話を録音し、辛抱強く分析してきた研究者たちが会話の本質に迫る「革命」を追う一冊。夏目大訳。(文藝春秋)
働きたくないイタチ村のイタチたち。なんでも自分の言うことを聞いてくれるロボットを作ることに。実際にロボットに仕事を代わってもらうためには、どのような知識や言葉を実装させればよいかを考えていく。人工知能や言語学の最先端の話題を扱いながら、物語と講義を行き来して「言葉がわかる」ことの意味を深く考えていく。(朝日出版社)
何かしゃべろうとすると最初の言葉を繰り返してしまう、それを避けようとすると言葉自体が出なくなる。そんなふうに、言葉が肉体に拒否されている状態を示す「吃音」。ならば、なぜ歌っているときにはどもらないのか? なぜ独り言だとどもらないのか? 従来の医学的・心理的アプローチとは違う方法でそんな疑問にフォーカスした一冊。(医学書院)
正月も早々に、朝からカラスの鳴き声がうるさい。燃えるゴミの日は、遠くの仲間たちと連携して街を巻き込んだ大合唱がはじまる。しかし人間も他の動物からすれば、常に音を出すうるさい存在だ。「会話」として日々たくさん交わされる音は、社会を形成する重要な役割を担っている。それがうまいと、日常生活や人間関係が円滑になり、変な企画書も立派に見え、失敗が許されもする。だからこそ、会話の応答にかかる平均が「0・2秒」と聞いて驚いた。100ミリ秒単位の世界で高度に行われる駆け引き。そこに注目したのはポッドキャスト番組『ゆる言語学ラジオ』でお馴染みの水野太貴さんだ。番組でもかなりテンポの速い会話を繰り広げる「喋り」のイメージがある水野さんだが、この本を執筆した経緯はどんなものだったのだろう。
「友人である発酵デザイナーの小倉ヒラクさんと散歩中、彼から提案されたんです。『知識をつけすぎる前に、単著として一冊の読み物を執筆したほうがいい。のびのび書けるのは今しかない』と。僕は専門家ではないし難しいなと思っていたのですが、そうおっしゃっていただいてから、執筆意欲が湧いて。『統語論』『意味論』『語用論』など言語について面白いと思うことを僕なりの説明で書き上げてみようと。そしてこの本に繋がりました」
まさに「会話」から誕生した初の著書。ラジオでの喋りと違うからこその不安などはあったのだろうか。
「やはり同じ言語でも、喋るのがうまいのと、書くのがうまいのでは全然違いますし、僕は自身に作家性を感じていなくて。自分の原稿は『工業日本語』を操って作ったこだわりのない工業製品だと思っているんです。だから『水野さんが喋っているみたいだった』と読後の感想をいただくことがあると驚きます。構成も悩みましたが、ポピュラーサイエンスやその手のジャンルの本では、研究における面白い事実が提示された後、社会や人間の問題など現代社会批評に接続させていく王道の構成の仕方があるんです。それに倣い構成すれば書き切れるかなと」
とても冷静に自身のテキストや本の全体像を見ていて、水野さんの本業である編集者としての姿が垣間見えた。本書で、会話のターン・テイキング(話者と聞き手による発言の交代)にかかる平均時間「0・2秒」にフォーカスしたことにも意図はあったのだろうか。
「別の章を先に書いた段階で、ふと『0・2秒』の話題を思い出したんです。この話は非常に面白いし、自分が書きたいことを一本の筋で繋いでくれるなと。それは『会話の科学』に書かれていたことでした。ポッドキャストで取り上げたかったけど執筆で忙しくなり後回しにしていた本なんです。主眼は『会話分析』なのですが、この分野で海外の分析も踏まえたポピュラーサイエンス本ってまだ日本にはほぼ存在しないと思うので、とても意義のある一冊だと思います。チョムスキーに関する記述の中には同意できない部分もあるのですが、今回の執筆で最もインスピレーションを与えてくれましたね」
本の「見え方」も素敵だという一冊が『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』だ。
「文の意味がわかるとはどういうことなのかを僕の本とは違う角度から書いています。著者の川添さんは人工知能系の研究のバックグラウンドがあるので、その知識も噛み砕いて中高生から大人まで楽しめるように書いてある。名著ですね。本の構成についても勉強になるし、鈴木千佳子さんによる装丁も非常に素晴らしいんです」
伊藤亜紗さんの『どもる体』は本書の最終章に影響を与えた。
「内容はもちろん面白い。加えて読み味も素敵だったんです。自分が興味のある分野を突き詰め考えると、最終的には自分自身に出合い直す。自己への探求に繋がる。そんな読書体験になるよう参考にしたんです」
3冊とも「本書をいろんな角度から見たときに味わいが似ている部分があるから、次のステップとして読んでほしい」と水野さん。これら会話についての本は自身の会話スキル的な部分でも役に立ったのだろうか。
「どれもハウツー本ではないですし、スキルを得るために読むというより、興味を深めるために読みましたね。それに『上手』と言っていただける会話に関して、自分は“ナチュラルボーン”だったんです。最初からうまくいった。言語の面白さは小学生の頃から考えていましたね」
取材中も、ポッドキャストでのトークの切れ味を想起させるように理路整然と話してくださったのが印象的だった。面白いと感じる言語の世界を日々伝えていくなかで、今、何を感じるのか。
「自分はあくまで専門家ではない立場。それは利害関係なく他の分野へと垣根を越えて、自由に発信できる面もありますが、同時に人々を間違った方向へと導く危うさがあります。本当はもっと専門知識があったほうがいいと思うんです。正しい知識を持っているに越したことはなくて。それに、様々な国の文献にあたって議論する学会での雰囲気も知っている研究者たちは、やはりその分野に人生をかけているわけで。僕は発信者に足るほどのバランスある知識や経験もなく、その資格はまだないと思っているんです」
それでも、と水野さんは続ける。「勉強すればするほど、キャッチーなことは言えなくなるし簡潔に伝えることに労力を割く時間がなくなりもする。その意味で無知な人が熟達した人に勝る面もあるのですが、無知な人は自分が無知であると意識していないと大衆に媚びた不正確なコンテンツになる。だからきっと小倉ヒラクさんが僕に執筆をすすめてくれたのも、今後勉強をすればするほど言えることは減るから、無知なのも理解した上で大胆に言う、今の美しさも残しておこうってことだったんじゃないかなと理解しています」
プロフィール
水野太貴
みずの・だいき|1995年、愛知県生まれ。出版社で編集者として勤務するかたわら、YouTube、ポッドキャストチャンネル『ゆる言語学ラジオ』で活動中。るかたわら、YouTube、ポッドキャストチャンネル『ゆる言語学ラジオ』で活動中。
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