TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#4】JAZZと銭湯

執筆:岡美里

2026年2月4日

中野にて

入浴文化は、男社会だ。
由緒正しき湯治場には女湯がないし、混浴といったら 事実上の男湯である。銭湯でも、錦鯉の泳ぐ広い庭がついているのはほぼ男湯といって間違いない。
しかし女たちよ、嘆くことなかれ。
女湯はすいているではないか。口開けに、今や遅しと石鹸箱をカタカタ鳴らし並んでいるのは99.9%おじさん、おじいさん。

女湯は基本ゆったりしているし、貸切状態にさえなる。ひょいと泳いでみたり、それが何よりの特権だから、錦鯉が見えないくらいなんでもない。

中野の『天神湯』は、オープンを狙って訪れることが多いのだが、最初の20分はだいたい1人きりだ。近年リニューアルした上に、磨き上げられた浴室のタイルの目地は白く、「ケロリン」のレモン色の洗面器は湯垢なくピッカピカ。

トップライトの斜めから差し込む自然光は宗教画でいうエンジェルス・ラダー(天使の梯子)を彷彿とさせ、とくにどこかの宗派に属さない私でも祈りの気持ちがこみ上げる。
ペンキ絵はというと、男湯は富士山、女湯はなぜか四国の足摺岬で、断崖絶壁にぽつねんと描かれた灯台が「人は所詮ひとりで生きゆくもの…」と見る者に悟りをうながす。
40度の湯船につかり徐々に体が軽くなるのを感じると「寿命が3日のびたな」と魂の底から思えるので、実際のびている。
あぁ!こんな天国の入場料が550円だなんて、何かがバグってないか?

もとから客筋がいいのか、場の清潔さに客の方が自然と行儀よくなってしまうのか、注意書きの類はほとんど貼られていない。宣伝もポスターもマッサージチェアもない、いわゆるミニマル系銭湯だ。

しかし『天神湯』にはミニチュアサイズながら錦鯉の泳ぐ坪庭と濡れ縁がある。よって外気浴が出来る。私にとっては「ないものがない」銭湯である。

同じく中野にある『ロンパーチッチ』も、いつも清潔な音が鳴っているジャズ喫茶だ。スタンダード過ぎるJAZZや陰鬱なフリーJAZZ以外はいろいろかかる印象。

JAZZは1990年に軍楽や宗教音楽として生まれてから、時代時代に出現したミュージシャンの個性で脱皮が繰り返されてきた音楽。つまり「JAZZの歴史=ミュージシャンの歴史」であり、このあたりをオーナー夫婦がきっちり網羅されて、幅広く選盤されているから、行けばいつも発見がありフレッシュな気分になれる。

ちなみに一見すると愛らしい佇まいのカフェだから、通りすがりで入ってくる客も少なくない。が、入り口で「音楽を大きめにかける店で、お喋りが出来ません」と言われると、団体客はこの一撃で、たいてい顔を見合わせて引き下がる。

店主のXは「店の過疎化」「夏枯れ本番」と、客が少ないことを嘆く投稿がお家芸となっているのだが、私は或る日曜日に、続け様に3組もの客を帰してしまったのを目撃した。まぁ、そうしたふるいにかけられた少数先鋭(?)の、ひとり静かに過ごすのが得意な人間が、結果的に集まるのが『ロンパーチッチ』ということになる。

そしてここが最も肝心なのだけれど、『ロンパーチッチ』には、静かに過ごすのに必要なものが、すべて、すっかり、完璧なまでに揃っているのだ。

飲む/食べるに関して言えば、ハイネケンの小瓶はここで飲むのが世界で一番美味しい。選ばれたグラスのサイズとか厚みとか冷え方なのだろうか。
またアブサンは角砂糖に火をつけるボヘミアンスタイルをやってくれる。

スパイシーな「ひよこ豆とひき肉のドライカレー」にグリーンオリーブが添えられているのがビール好きとしては有り難い。

「これでサラミがあったら最高なんだけどな」と思ってメニューを読み返すと「アンチョビポテトサラダ」なんて気の利いた小料理が用意されている。
チーズは冷た過ぎず食べごろ。

また本棚には、例えばコミックだとジャンプ系からガロ系までマメに入れ替えがあって、私が「この本がいま面白いよ!」と友人に推薦する場合、実は元ネタがこちらの選書だったりする。

スピーカー、レコード、本、調理器具……と物は多いけれど、置き場所が的確で、全てに意味があり、店の道具として生き生きと回転している。だからとても清潔に感じるし、お客さんもこうしたアトモスフィアに触発されて、自然とエレガントな空気を作っている。秩序が美を担保するというのは『天神湯』も同じかもしれない。

幸い、ルールを無視して店内を立ち歩き、ドリップに集中する店主に「いまかかってるこれ○○年版の録音でしょ?」などと大声でふっかける「ジャズ喫茶 お手並み拝見おじさん」には、この5年間で1度しか遭遇していない。

JAZZはプレイヤーが暗黙のルールの上で演奏をすすめるアンサンブル。店も、ひとたび扉を開けば、客とのセッション状態である。
そんなわけで、(恐らく)男社会であろうジャズ喫茶界隈で、私のようなJAZZマニアではない女が、冴えたひとときを過ごさせてもらえるのも、お店の懐の広さゆえなのだ。

プロフィール

岡美里

おか・みさと|両国生まれの美術作家。横顔のポートレイトを描くことをライフワークとする。また「歩きながら考える」を設立の旨とする“The Walking Nerd”コア・メンバーとして、町歩き、町観察に精を出す。

2026年は東京、広島、島根にて、横顔ポートレイト・オーダー会を予定。
1/24〜2/7 代官山『SISON GALLERy』にて『私たちは非常にゆっくりと蒸発している』展

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