TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#4】ノアの方舟プディング
執筆:鶴見昂
2026年2月3日
お菓子のツルミです。
「人と人を繋ぐお菓子」をテーマにお届けしてきた私のタウントークも、今回が最終回となりました。
最後は、トルコ・イスタンブールで出会ったフルーツ善哉「アシュレ」をご紹介します。
トルコのお菓子といえば、ピスタチオを挟んだ甘いバクラヴァや、びよ〜んと伸びるトルコアイス、柚餅子のような食感のロクム(ターキッシュデライト)などが有名ですね。
それらも非常に魅力的ではありますが、家庭の中では一体どんなお菓子が作られ、日常的に食べられているのか。
そんなことが気になって、友人が嫁いだトルコのご家族のもとで、10日間ほどホームステイをさせてもらいました。
友人は、夫のエンギンと飼い猫のブラックキャット(見たまんまの名前)とともにイスタンブールに暮らしていて、同じマンションの別室には、ババ(お父さん)とアンネ(お母さん)が住んでいます。
おっとりしたアンネはとても料理上手だというので、滞在中はさまざまな家庭料理を教えていただきました。
朝から晩まで、ときには親戚たちも交えながら、くる日もくる日も目眩くトルコの家庭料理が振る舞われます。
時間をかけて柔らかく煮た玉ねぎとトマトを、これまたトロリとするまで炊いた茄子に詰める「坊さんの気絶」。
肉だねを揚げ茄子で巻いてオーブンで焼く「茄子のケバブ」。
そして、満漢全席のような朝食とメゼ……。
あれも食べてほしい、これもまだ作ってあげられていないと、枚挙に暇がありません。
私は私で、次々に披露されるトルコ料理に必死に食らいつきながら、忘れないように写真を撮ってはメモを取る毎日。
おかげさまで、この10日間で確実に3kgは太りました。
ある日、アンネが腕まくりをして「今日はデザートを作るわよ」と言うのでキッチンへ向かうと、そこには料理教室さながら、ボウルに小分けされた穀物、ナッツ、ドライフルーツがずらりと並んでいました。
まるで、これから正月のおせちでも作るかのような光景に、「一体何が始まるんだ」と湧き上がる好奇心を抑えつつ、言われるがまま、ナッツやドライフルーツをひたすら刻みまくります。
ひよこ豆、白インゲン豆、玄麦、米、ドライフルーツ、りんごやオレンジは、それぞれ別々の鍋で柔らかくなるまで炊きます。
すべての材料がちょうど良い固さになったところで一つの鍋にまとめて炊き合わせ、仕上げに、水で煮出したスパイスで香りづけ。
冷蔵庫で一晩寝かせ、砕いたナッツを散らしたら完成です。
アンネが披露してくれたこの「アシュレ」は、旧約聖書やクルアーンにも共通するノアの方舟伝説にちなんで、別名「ノアの方舟プディング」とも呼ばれています。
洪水が終わり、陸にたどり着いたとき、船にかろうじて残っていた有り合わせの材料をごった煮にした──
それが「アシュレ」の原型とされているからです。
ノアの方舟で生存を分かち合った象徴とも言われるこのお菓子は、作るときには必ず鍋いっぱいに拵えられ、できあがったものは近所の人に配ったり、モスクで貧しい人々に振る舞われたりします。
現在でも、その文化はイスタンブールのような都市部でも続いているようです。
また、栄養豊富な乾物を多用することから、新鮮な物資が手に入りにくい戦地でも作られることがあるのだと、アンネは教えてくれました。
ご近所付き合いや家族との関係が希薄になりつつある日本では、そうやって何かを分け合う光景を見ることも、めっきり少なくなりました。
段ボールいっぱいに届いた蜜柑ですら、ご近所に配っていいものか憚られることがあります。
それでも、ごくたまーに、近所の友人が作りすぎたスープや牛すじ煮込みを玄関にかけておいてくれると、都会に住みながらも、なんとも温かい気持ちになります。
誰かと分かち合う前提で作られるこの「アシュレ」ほど、人と人との繋がりを大切にしたお菓子は、他にないのではないでしょうか。
さて、全4回にわたってお送りしてきた、ツルミのタウントーク。
お楽しみいただけたでしょうか。
たかがお菓子。されど、詩や、音楽や、ファッションと同じように、ときにそれは、沈んだ心をそっと慰め、人生のピンチを救い、人との絆を強くしてくれるものだと、私は信じています。
皆さんが、素敵なお菓子にたくさん巡り合えますように。
バーイ。
プロフィール
鶴見昂
つるみ・たかし|1986年、神奈川県生まれ。菓子教室「ツルミ製菓」を主宰。石川県の『TEATON』や駒沢大学の『POPPY』など、カフェのプロデュースも手がけている。お菓子のZINE『天国行』を不定期で発行。
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