TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#3】JAZZと銭湯

執筆:岡美里

2026年1月28日

仁尾にて

周りに一人くらい突拍子もないことを言う友人がいると俄然楽しくなる。
「無人島に基地をつくる。」
と彼から聞いた時、私は半信半疑だった。しかし一年も立たずして船舶免許を取得し、船を手に入れ、長野から足繁く瀬戸内へ通い、無人島を物色し、地主や地元の漁師組合に交渉したりと「ことを進めている」と知り驚いた。

そしてとうとうある夏の終わりに「無人島をリサーチしに行くから来ないか」と連絡があった。ついでに瀬戸内海を航海するという。一応付け加えると、その友人は小中学生を対象とした夏休みの「少年キャンプ」を20年以上も続けており、今回の航海は無人島キャンプのロケーション・ハンティングといった大義名分があった。

まずは岡山に集まり、牛窓港から小型船で出航。
目星をつけていた無人島は港からすぐのところで拍子抜けしたが、まずは浜辺で安着祝い。そして高松港でクルーザーに乗り換え、本格的に瀬戸内海へ滑り出した。

まず驚いたのは、瀬戸内海が島だらけであることだ。その数、727島。ほとんどが無人島。そんなの聞いてなかった。「神が緑水晶を空からばら撒いてできたのが瀬戸内海」といった伝説はないが、私が今ひねり出してもいい。

しかし当たり前だが、島には桟橋がないと上陸できない。そして無人島には桟橋はない。よって、基本は遠くから眺めるだけである。
友人が潮目や計器を読んだり、帆の上げ下げに集中しているあいだ、私は特にやることもないので、持参したスケッチブックに島並をデッサンするなどだらだらと過ごした。

冷えたシャンパンやチーズ、サラミ、葡萄など簡単なランチをとったあとで友人が言った。
「今晩はどこの港に船を泊めようか?」地図アプリの画面をクルーに見せる。
よくわかっていなかったのだが、行けるところまで航海して、日が落ちる前に近くのマリーナに電話。「今晩、停泊できる?」と問い合わせ、OKだったらそこの桟橋に横付け。一泊分の料金を払いつつ、クルーザーのそれぞれの個室で眠る・・・とのことだった。よく準備された上での成り行き任せ。

まぁ、そんなアドリブで滞在したのが香川県の「仁尾」という土地だった。

夕焼けが曇り空にすっぽり隠れたマジックアワーに着港。私はさっそくマリーナで自転車を借りた。海沿いを漕いで行くと、瀟洒な別荘がぽつりぽつり現れ、その先に唐突に巨大なピンク色のドーナツ型の看板が見えた。近づくとコーヒーショップだ。

海を見ながらドーナツもいいなと考えて、席をとる。
すると、小さな音で外国のラジオが聞こえてきた。ジョン・コルトレーンの「Giant Steps」。
キッチンで調理人が自分の楽しみのために流している、といったような控えめな音量だが私は心が浮足立った。「Giant Steps」は素人の私にも、JAZZの中のJAZZだと感じられる「どこに連れて行かれるかわからない」息もつかせぬ一曲だ。
元のコードを別のコードに変化させ、曲に新鮮なハーモニーを与える”リハーモナイゼーション“の効果もあり、心が異空間へと連れ去られる。それでいて、出だしの耳に残るフレーズが最後の最後に帰ってくるから、船が港へ戻るような安堵感とともに締めくくられるのだ。

そもそもJAZZは聴く側の予測を裏切る仕組みが音楽構造の中にふくまれている。ハプニングを楽しむ手練の旅人のように、音風景がめくるめく変化するのが特徴だ。

コーヒーでドーナツを流し込んでから店を出て、少し山側に入ってみる。和紙に刷られた木版画のようなナイーブな町並みが広がっていた。墨色の瓦屋根が連なる通りがとりわけ美しい。かつて海運業、塩業、酢の醸造などで栄えた港町の面影が残る。今朝はこうした土地に出会うなんて夢にも思わなかったな。
駅や幹線道路というインフラからずいぶんと離れた辺境へは、風土のグラデーションを感じながら苦労して少しずつ近づくべきものなのに、まるで宇宙船で不時着したかのように、降り立ったのが奇妙に感じられた。

日がとっぷりと暮れると、タオルを持って同じく風呂好きの乗組員と、近くの『大井温泉』へ向かう。
温泉といってもいわゆる料金450円の銭湯だ。お風呂の湯は地元の製材所から出る薪で焚かれるそうで、身体の芯からぽかぽか。タイルの配色も絶妙で“レトロ”でくくってしまうのはもったいないセンスである。
脱衣所には「お釜型のドライヤー」が存在感を放っていた。10円玉を入れると轟音とともに温風が噴き出し、髪をトルネードに巻き上げる迫力に笑った。

船で一泊したのち、我々はそのまま朝焼けとともに仁尾マリーナを後にした。
瀬戸内海の鏡のように凪いだ中央まで船が出たとき、私は言った。

「ちょっとクルーザーを止めてもらえる? 瀬戸内海のど真ん中で泳いでみたい」

友人は眉をひそめて言った。

「いいけれど・・・サメが絶対いないとも限らない」

そこまでのハプニングを楽しむ度胸がない私はさっさと提案を取り下げた。

プロフィール

岡美里

おか・みさと|両国生まれの美術作家。横顔のポートレイトを描くことをライフワークとする。また「歩きながら考える」を設立の旨とする“The Walking Nerd”コア・メンバーとして、町歩き、町観察に精を出す。

2026年は東京、広島、島根にて、横顔ポートレイト・オーダー会を予定。
1/24〜2/7 代官山『SISON GALLERy』にて『私たちは非常にゆっくりと蒸発している』展

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