カルチャー

作家の「手」

Catching Art: 身体でアートを感じるために #6

2026年1月12日

Catching Art


text: Daniel Abbe

今まで、私たちのアートを鑑賞する経験について話しながら、身体的な側面を指摘してきました。今回は少しだけ方向性を調整し、作家自身の身体について話したいと思います。急にですが、王道の西洋美術史に入りましょう。

さて、このアルテミジア・ジェンティレスキという17世紀にイタリアで生まれた画家の絵をみてください。1638年頃に描かれたこの絵のタイトルは『絵画の寓話としての自画像』になります。タイトルについてまた触れますが、とりあえずこの絵画の単純な良さを見たいと思います。

アルテミジア・ジェンティレスキ『絵画の寓意としての自画像』1638年頃、油彩、キャンバス、98.6 cm × 75.2 cm

この絵の構図はシンプルです。茶色い背景に、画家一人が現れています。タイトルに「自画像」があるので、この事物はジェンティレスキ自身です。彼女の何かを描こうとする右手は筆をもち、そして左手はパレットを握っています。画家の道具ですね。左側の緑の袖を注目すると、画家としての才能はよく表しています。つまり、割と素朴に描いてある右腕のに対して、ここでの陰影、反射、緑色のグラデーション、そして細かい線などが絶妙に表象されています。

実はジェンティレスキがこの絵を描かれた時代、絵画というジャンルはとても軽蔑された。美術のジャンルの明らかなランキングがあって、絵画はただの手作業だと思われて低い位置にあたりました。そこで、ジェンティレスキがこの絵によって、絵画全体の良さを訴えるために描きました。だからタイトルに「絵画の寓話」という言葉が含まれています。

どうやって絵画を「ただの手作業」のではなく「ちゃんとした美術」を見せるのでしょうか? まずは説明したように、画家としての技術を見せる。そして「手」の位置も重要な役割を果たしています。もう一度ジェンティレスキの右手をみましょう。明らかに、頭の上です。手の位置によって、絵画は知識的な、つまり優秀なジャンルだという主張が伺えます。この右手をもう少し細かくみたいです。

強調したいのが、疑いを挟む余地なく、ジェンティレスキ自身が手で筆を掴んで、この手の爪の光っている部分を意識的に描きました。どんなに小さな現象でも、画家が自分の手を動作しないと、この符号は決して現れられないのです。ここで偶然にジェンティレスキの「手」を描いてあるのだが、彼女の身体にある手も現れているのではないかと思います。つまり、間違いなく作家の体の物理的な動きがここに刻まれているのです。画家だと分かりやすいかもしれないが、これから他の作家の場合も考えるつもりです。

ちなみに、色んな理由によって今の美術制度は「一人の作家」が好んでいます。だから美術館やギャラリーにとって、作家の「手」が現れると分類しやすいです。実際には、有名な作家は数多くのアシスタントがいて、作家はどちらかと言うと「監督」のような役割を果たしています。厳密に言えば、作家の「手」は全ての作品にみえるわけではないです。それでも、我々はどうしてもその「手」を探そうとします。ジェンティレスキのように絵画の良さはもう訴える必要はないですが、彼女の「手」に置いた重要性は、今も色あせていないです。

プロフィール

ダニエル・アビー

1984年生まれ。アメリカ合衆国カリフォルニア州出身。美術史博士(UCLA)。2009年から日本の美術や写真にまつわる執筆・編集・翻訳に携わる。現在、大阪芸術大学 芸術学部 文芸学科の非常勤講師として美術史・写真史を教えている。
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