カルチャー
クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.25
紹介書籍『アンパンマンの遺書』
2024年10月15日
text: Densuke Onodera
edit: Yu Kokubu
ノーフューチャーでも、今を生きることで熱いこころ燃える
パンクスは正義を疑う。なぜなら、正義は戦いの原因になるからだ。パンクスは英雄を嫌う。なぜなら、英雄は正義の名の元で平然と暴力をふるうからだ。戦争を含め全ての暴力に抗うパンクスは、反正義、反英雄が基本のスタンスとなる。
そんなパンクスに憧れて二十年以上が経ったいま、私が何度もリピート再生し、毎日毎日唄っているのは、アンパンマンのマーチだ。
矛盾しているじゃないか。愛と勇気だけがともだちの、正義のヒーローの象徴みたいなやつのテーマソングを、なに呑気に唄っているんだ。パンクの精神はどこへいった。と、いう声が自分の中から聞こえてくるが、もうじき2歳になる我が子はアンパンマンに傾倒しており、父親のパンク精神など知ったこっちゃなく、繰り返しアンパンマンの歌を要求してくる。私は全力でそれに応える。
そんな生活をしていると、四六時中アンパンマンのマーチが頭の中にリフレインするようになる。通勤の電車の中でも、仕事が思うようにいかず悶々とする職場でも、酒を飲んでほろ酔いの帰り道でも。
なんのために生まれて
なにをして生きるのか
わからないままおわる
そんなのはいやだ!
私はいつの間にか、この歌詞を噛み締めるようになっていた。幼少の頃から何度も聴いてきたアンパンマンのマーチを、三十九歳の自分が子どもに歌い聴かせ、自分の生き方を顧みることになるとは思ってもみなかった。
しかし、子ども向けの歌にしてはちょっと深すぎる歌詞だし、そもそも自分の頭をちぎって分け与えるヒーローって、実はパンクスの嫌う英雄ではなく、結構いい奴なんじゃないか?なんだかんだバイキンマンと共存しているみたいだし、やっぱりいい奴なんじゃないか?
そんなことを考えていた時に、本屋さんでやなせたかしの自伝『アンパンマンの遺書』を発見し、買って読んで、私はこの先も全力でアンパンマンのマーチを唄い続けようと思った。なぜなら、アンパンマンの背景にパンクスに通ずる反正義、反英雄、反権威のスタンスを感じたからだ。
著者のやなせたかしは自身の戦争体験を経て「正義のための戦いなんてどこにもないのだ。正義はある日突然逆転する。正義は信じがたい。」(P.70)と悟る。この思想がアンパンマンの背骨になる。約50年前に刊行されたアンパンマンの絵本のあとがきに、著者はこう綴っている。
「ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そして、そのためにかならず自分も深く傷つくものです。そしてそういう捨身、献身の心なくして正義は行えませんし、また、私たちが現在、ほんとうに困っていることといえば物価高や、公害、餓えということで、正義の超人はそのためにこそ、たたかわねばならないのです」(P.196)
物価高とか、公害とか、餓えとか。50年前から今も変わらず、むしろどんどん悪化していて、私たちはとても困っている。世界に目を向ければあちこちで戦争が続き、正義の名の元にふるわれる暴力がどんどんエスカレートしている。なんのために生まれたのかわからないまま、命を終える子どもがたくさんいる。そんなのはいやだ!と、こころの底から思う。
読後、我が子以上にアンパンマンに傾倒した私は書店に走り、絵本コーナーでアンパンマンの初期作品のページをめくって驚いた。アニメでみるよりも結構がっつり顔面をちぎって分け与えていて、最終的には顔がなくなって首なしで飛んでいて、その痛々しい姿は大人の私もちょっと引くほどだった。暴力は振るわず、困った人にひたすら顔面をちぎって分け与えていた。
弱者に寄り添うマインド、顔をちぎって与えるという愛とユーモア、そんなのはいやだ!という反抗の精神、そして反英雄のスタンスは、私が憧れるパンクスそのものだと思った。
なんのために生まれて、なにをして生きるのか。恥ずかしながら四十を前にしてもわからないままだし絶望することも多いが、やなせたかしは六十九歳の時にアンパンマンがテレビアニメ化し、七十歳を過ぎても繰り返し「なにをして生きるのか」を自問していた。その姿に励まされた。
ノーフュ-チャーでも、今を生きることで熱いこころ燃える。だから私はいくんだ、無理矢理でも、ほほえんで。
紹介書籍

『アンパンマンの遺書』
著:やなせたかし
出版社:岩波書店
発行年月:2023年12月
プロフィール
小野寺伝助
おのでら・でんすけ|1985年、北海道生まれ。会社員の傍ら、パンク・ハードコアバンドで音楽活動をしつつ、出版レーベル<地下BOOKS>を主宰。本連載は、自身の著書『クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書』をPOPEYE Web仕様で選書したもの。
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