カルチャー
クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.22
紹介書籍『みどりいせき』
2024年4月15日
text: Densuke Onodera
edit: Yu Kokubu
純文学をパンクとヒップホップの系譜からアップデートする
「うぇい、えい」からはじまって、自作のリリックをラップみたいな感じで朗読。会場の笑いを誘ったりもしつつ、イスラエルによるパレスチナ人への虐殺に話題を向け「小説家って社会の何の役に立つの?」「とにかくなりたくねぇ 恥知らずな作家」と言って、世界の裏に目を伏せる作家の金儲けに中指立てるような言葉を捲し立てる。
とあるラッパーのライブの様子、ではなく新人賞を受賞してデビューした作家の授賞式におけるスピーチの様子だ。
ヒップホップの影響のみならず、そのユーモアと反抗心、反戦のスタンスはパンクスみたいだなと思った。
そんな作家、大田ステファニー歓人によるデビュー作が『みどりいせき』で、これは読まない訳にはいかないと思って読んだら、ぶっ飛んだ。とても文学的とは言えないスラングとかギャル語を操り、純文学のど真ん中に硬球を投げ込んでバットをへし折るような小説だった。
主人公は学校になじめず不登校寸前の高2男子。小学校時代に野球のバッテリーを組んでいた1つ下の女子(ピッチャー)と再会すると、その子はドラッグの売人(プッシャー)になっていて、自分もそのビジネスに巻き込まれていく。登場する者たちは常識の外、社会の周縁にいて、外れもの、ならずもの達ばかり。そう聞くとアウトローな暴力小説、みたいなイメージを浮かべるかもしれないが、そこで描かれているのは十代ならではの孤独や虚無、友情といった青春小説の王道だ。
学校。家族。地域社会。こういった社会的“集団”の中で、うまく、楽しく、違和感なくやっているけるなら幸せだ。しかし、そこに馴染めずあぶれてしまった者たちは、その外側に居場所を求めるしかない。そして、そうした外側から新しい文化、新しい表現は生まれる。パンクはその象徴みたいな音楽だし、ヒップホップも然り。純文学の世界だって、名作と呼ばれる作品において描かれるのは、社会からはみ出したもの達の孤独や葛藤だ。外側からの表現は、内側を揺さぶる。世界の見え方を反転させたり、新たな思考回路を生み出す。
『みどりいせき』にはエグちす、キャパい、フォグってる、みたいな普段使わない言葉とかよくわからない隠語がちょこちょこ出てくるんだけど、文体が生み出すグルーブがカッコよく、気持ちいいリズム乗せられて読み進めていくと、だんだん高揚していって、最後はとんでもない景色を見せてくれる。言葉だけの表現でこんな世界を創造できるのか! こんな感覚になれるんだ! っていう小説を読むことの根源的な面白さを味わえる。作中にブリタニー・ハワードやディアンジェロの曲が登場するのも、音楽好きとして楽しい。
この著者、きっとヒップホップだけでなく色んな音楽が好きで、その中にパンクも入ってるはずだと思ってインタビューを読んでいたら「ヒロトとマーシー」というキーワードがでてきて、やっぱりな! と思った。
『みどりいせき』は純文学の伝統を、パンクやヒップホップの系譜から揺さぶって、中指立てながらアップデートするような名著だった。
紹介書籍
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『みどりいせき』
著:大田ステファニー歓人
出版社:集英社
発行年月:2024年2月
プロフィール
小野寺伝助
おのでら・でんすけ|1985年、北海道生まれ。会社員の傍ら、パンク・ハードコアバンドで音楽活動をしつつ、出版レーベル<地下BOOKS>を主宰。本連載は、自身の著書『クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書』をPOPEYE Web仕様で選書したもの。
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