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いかにして偉大な宝石商となったのか。 – FINDING HARRY WINSTON
Chapter Ⅱ
2021年6月9日
photo: Shunya Arai, Hirokazu Kobayashi, Kazufumi Shimoyashiki, Masuhiro Machida illustration: Hitoshi Kuroki styling: Shinichi Sakagami grooming: Yoshikazu Miyamoto text & edit: Ryoko Iino, Tamio Ogasawara
ニューヨークで小さな宝石店を営む家庭に育ったハリー・ウィンストン。宝石を見分けるという才覚は12歳のときに、質屋のショーウィンドウに“どれでも25セント”と並べられたコスチュームジュエリーの中から、2カラットのエメラルドを見つけ購入し、その2日後に800ドルで販売したことからも窺える。最初の会社を設立したのは1920年。ヴィクトリア、エドワード朝時代の華やかな流行が衰退した第1次大戦後の1920年代には、市場には時代遅れな宝飾品が溢れていた。それらのアンティーク・ジュエリーを買い取り、一際大きく、美しい宝石の数々を、当代風のデザインと再カットを施し輝きが増すよう手を加えることで、ウィンストンの人生が開かれていく。社交界名簿や名士録から顧客リストを作り、さらには、遺言の検証を必要とする大きな遺産問題を扱う機会の多い判事や弁護士のリストをまとめることで、世界の最も富裕な人たちの宝飾品を扱うようになったのだ。
45.52カラットのあの伝説のブルーダイヤモンド、「ホープ」(1958年にウィンストンにより「スミソニアン博物館」に寄贈)、歴史上7番目の大きさといわれていた726カラットのダイヤモンド原石からカットされた126カラットの「ヨンカーⅠ」、337カラットの「エカテリーナ大帝サファイア」など、伝説級の宝石がウィンストンの手のひらに収まった。誰よりも宝石を深く愛するがゆえに、お気に入りを売った後などはひどく落ち込んだりしたそうだが、追求したのはひとつの原石からできるだけ大きく、かつ美しいダイヤモンドをカットすること。ひとつ面白い話がある。当時世界6番目の726.60カラットのダイヤモンドの原石「ヴァルガス」を割る際のチーフカッターの緊張といったら、カットの成功を見た次の瞬間に気絶したほどだったとか。ちなみに、原石に加えた最初の一撃はシュークリームですらへこまないほどのものだった。

ウィンストンの人さし指と中指に挟まれたのがルイ14世も所有していたブルーダイヤモンド「ホープ」。一際大きいブルーのサファイアはエカテリーナ大帝が身に着けていたものだ。手のひらの中央にあるエメラルドカットのものが「ヨンカーⅠ」で、原石を買ったロンドンから“最も安全”にNYに送るために、ロイヤルメールの普通郵便64セントが選ばれたことも話題に。
右の写真は、1938年にブラジルで発見された「ヴァルガス」。この原石は29個のダイヤモンドに分割された。

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