TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#4】宝物殿

執筆: 稲川淳二

2024年8月30日

テレビの番組ロケで、福井へ行ったんですがね。

東京で仕事を終えてから、出かけたもんですから、

現地に着いたのが、

大分、遅い時刻になってしまって、

宿に入ると、すぐに休む事にしたんです。

で、いつもの事なんですが、

出演者はスタッフと離れた、

別の部屋になるんですよね。

まぁ、いい部屋をとってくれているわけなんですが、

この時も、

私ひとり、皆と離れた別棟に案内されて、

薄暗い廊下をヒタヒタとしばらく行くと、

それは古い木造なんですが、

立派な建物だったんです。

で、襖を開けると、

黒光りした床板があって、

その先の襖をもうひとつ開けると、

突然、大広間が現れた。

高い天井から、

下がっている電気コードの先には、

年代物のしゃれたガラスの笠がついていて、

そこから、茶色味を帯びた明かりが、

ボンヤリと、照らす下に、

蒲団がポツンと敷いてある。

これが、何とも心細いというか、妙にもの淋しい。

で、その向こうに、障子があって、

開けてみると、

廊下のようなわずかなスペースと窓だった。

そして、蒲団の足元の方が壁で、

頭の先に、少し距離をおいて、黒くつやのある、

大きな板戸が四枚、閉まってる。

自分が寝る部屋に板戸があるっていうのは、

どうも気になるんで、

(向こうは、何だろう?)

と開けて確かめようとしたんですが、

鍵がかかっていて、

ピクリとも動かない。

自分の寝ている頭の先に、

鍵のかかった板戸があるというのは、

何だか気味が悪いんですが、

気にするのはやめて、寝る事にしたんですよ。

就寝用の小さな明かりの下で、

ジッと目をつむっているんですが、

どうしたわけか、

いっこうに眠れないまま、時間が過ぎていく。

あたりは静まり返っていて、

物音ひとつ聞えない。

(眠れないなぁ・・・・)

と思っていると、

不意に、「ごめん下さい・・・」

と、女の声がしたんで、ドキッとした。

(何だろう?)

と思っていると、また、

「ごめん下さい・・・」

という声がした。

この別棟には、

他に泊まっている人はいないようだし、

(これは、自分のところかな?)

と、思って起き上がって。

「はい!」

と返事をして、出ていって襖を開けると、

暗い廊下に、着物姿の仲居さんが立っていて、

「夜分、遅くに申し訳ございませんが、

ただ今、下に先生を訪ねて、人がみえてます」

と言ったんで、

(えっ? 福井に来ている事は、

関係者しか知らないのに・・・・、

いったい誰だろう?)

と思いながら。

「ああ、それはどうも」

と仲居さんに、軽く礼を言って、

暗い階段を

トントン・・・トントン

とおりてゆくと、

薄暗い裏玄関に、

げっそりと痩せた、五十絡みの男が立っていて、

私を見るなり、わずかに頭を下げて、

二~三歩近づいてくると、

まったく表情の無い顔で、

「あの・・・私に、憑いているものが見えますか?」

って言ったんで、

(ああ、またかぁ・・・)

と思った。

以前にも、こんな事が二度ほどあったんですよね。

(この人、少しやられてるなぁ・・・・・)

と思ったんで、

「さァ? 何も見えませんがねぇ・・・・」

と答えると。

「私の祖先は、あこぎな金貸しをしていて、

借金のカタに、人から物を取り上げては、

さんざん人を泣かせた祟りで、

うちは代々、男はみんな短命で、

私も、もうじき迎えが来るんです」

と言ったんで、

「短命なのは、祟りか遺伝かわかりませんが、

人を思いやる心があれば、

穏やかな気持ちになれますよ」

って答えると、

この男が、深く頭を下げたんですが、

下を向いたその瞬間、

薄暗い闇の中で、

男の顔が、ニターッと嬉しそうに笑うのを見てしまったんですよ。

それが、してやったりといった感じで、

気味が悪くて、思わずゾーッとしましたね。

で、男が、

無表情な顔を上げると、帰って行ったんで、

私も階段を上がって、部屋に戻って、

(さーて、寝よう)

と蒲団に入ったんですが、

その時、ふっと何かが気になって、

寝たままのかっこうで身体をよじって、

頭の先を見ると、

(!?)

閉まっていた板戸が、

二十センチ位、開いていたんでビックリした。

そこから、真っ暗な向こうの闇が見えている。

(ええっ?? 開いてる。・・・、

誰が開けたんだろう? 

誰か部屋に来たんだろうか?)

と、一瞬、思ったんですが、

すぐに、

(いや、そうじゃない、

誰かが板戸の向う側から、こっちに来たんだ!)

と直感した。

鍵はこっちから開けられない。

という事は、

その何者かは、恐らく、

まだこの部屋にいるのかも知れない、

と思ったとたんに、

身体中から血の気が一気に引いていって、

背筋のあたりがゾクゾクとした。

で、仰向けに寝たまま、

息を殺して、

そーっとあたりの気配をうかがってゆくと、

(いる・・・・・!)

寝ている頭の左斜め上で、

何かが動く、かすかな気配がした。

どうやら静まり返った座敷の隅の闇の中から、

こっちの様子を、

ジーッとうかがっているらしい。

(どうしよう? へたに動けない)

起き上がる事も出来ないし、

目を開けていたら、

起きてる事がバレてしまうんで、

薄目を開けて、

寝たふりをする事にしたんですがね。

額のあたりから、噴き出した冷汗が、

頭髪や顔面をつたって、

流れて落ちてゆく。

(恐い・・・、

こいつは、生きてる人間じゃない・・・・)

と思った。

そのとたん、

闇の中からそいつが這い出て来た。

ペタ・・・ペタン・・・・

ペタ・・・・ペタ・・・・

畳の上を這いずるようにして、

私の方に向かって来る。

蒲団で寝てるんで、

畳を伝わって、近づいて来るのが直にわかる。

身体は、凍りついたように固まったまま、

ピクリとも動けない。

と、すぐ近くで、

(ハァ―ッ)

と低い息づかいがしたかと思ったら、

次の瞬間、私の頭の先の方から、

そいつが、グ―ッと、

私の顔を覗き込んできた。

私は薄目を開けたままで、

天井から下がった、

就寝用の小さな明かりが逆光になって、

黒い顔の輪郭しか見えなかったんですが、

それはげっそりと痩せた男の顔だった。

そして、男の顔が、

私の顔の真上にきて、

向い合ったかたちになると、

黒い顔の輪郭が、ニタ―ッと笑った。

その瞬間、

(こいつ、自分を訪ねて来たあの男だ!)

と思ったとたんに、意識が途絶えた。

翌朝、目覚めると、

板戸はピタッと閉まっていて、

鍵がかかって、ピクリとも動かなかった。

宿を出る時に、

おかみさんと仲居さんのふたりが、

見送ってくれたんで、

昨夜の仲居さんの事を聞いてみると、

おかみさんが、

「夜中にいるのは私と、この人のふたりだけで、

あとはみんな、通いなんですよ」

と言った。

(じゃ、あの仲居さんは何者なんだろう?)

で、さらに

「あの板戸の向こうは、何ですか?」

と聞くと、

「ああ、宝物殿ですか・・・・」

と言うんで、

「宝物殿って何ですか?」

と聞き返すと、

「この家の先祖というのが、

あこぎな金貸しをしていて、

借金のカタに、人から取り上げた物が、

しまい込んであるんですよ。

もっとも私は、

一度も入った事はありませんけどね」

と言ったんで、驚いた。

それって、あの男の言った事と、

全く同じなんですよね。

で、「じゃあ、ご主人が、管理しているんですか?」

と言ったら、

「いえ、主人は若くして死にましてねえ。

以来、一度も開けた事がないんですよ」

と言った。

終わり

プロフィール

稲川淳二

いながわ・じゅんじ|怪談家・工業デザイナー。32周年全国ツアー『MYSTERY NIGHT TOUR 2024 稲川淳二の怪談ナイト~怪談喜寿~』が開催中。稲川淳二の『稲川芸術祭2024』作品募集中。

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