カルチャー

a History of Horror Films ’60s(2/2)/文・碓井みちこ

2021年8月18日

真夏のホラー大冒険。

text: Michiko Usui
2021年9月 893号初出

 ところで、『サイコ』の母屋については、『悪魔のいけにえ』(1974)にかなり直接的に影響を与えているとよくいわれます。実際、レザーフェイス一家が住む家の階段の位置は、『サイコ』の母屋のそれとそっくりです。それ以外にも、レザーフェイスの家に入ったまま戻ってこない男性を捜して、恐る恐る家に近づく女性の姿を、ものすごくローアングルで撮ったシーンがあるんですが、『サイコ』でマリオンの妹が母屋に近づいていくシーンからの影響を感じさせます。その後、女性がレザーフェイスの家に入ると、鳥の羽根が散らばっているのも、これは母屋でなくモーテルのほうですが、剥製がたくさんある応接室を連想させます。他の作品で言えば、『ハイテンション』(2003)の人里離れた山奥の家や、『クリーピー 偽りの隣人』(2016)の何の変哲もない住宅街にある家も『サイコ』の母屋を想起させますね。直接的な影響があったかは定かではありませんが。

 ヒッチコックのホラー映画というと、もうひとつ『鳥』(1963)がありますが、こちらはよりわかりやすく“日常がそのまま非日常になる恐怖”を描いていると思います。鷲や鷹ではなく、どこにでもいそうなスズメやカモメが突然、人間を襲ってくるという設定からして既に、それが表れていますよね。しかも、鳥の襲撃の多くは家の中で起こる。最初の本格的な鳥の襲撃は、主人公が招かれた誕生日パーティで起こりますからね。その後、主人公が好意を寄せる男性の母親が知人の男性を訪ねると、キッチンで割れたマグカップがまず彼女の目に留まるという演出も秀逸です。それでさらに部屋の奥へ進むと、鳥に目をえぐられた男性の死体が映し出される。これも、どこにでもありそうなマグカップが派手に割れているのをまず見せることで、“日常がそのまま非日常になる恐怖”を描いているわけです。

 ハリウッドには1966年頃まで厳しい規制がいくつもあり、その中には残酷なシーンを直接見せてはいけないという項目もありました。実際、『サイコ』の惨殺シーンも、マリオンの肌にナイフが突き刺さる描写だけは回避して描かれています。こうした時代だったからこそ、ヒッチコックは“日常がそのまま非日常になる恐怖”の演出を、洗練させることができたと言えるかもしれません。

映画『サイコ』
『サイコ』
DVD¥1,572(NBCユニバーサル・エンターテイメント)
※2021年8月時点での情報です

プロフィール

碓井みちこ

うすい・みちこ|映画研究者、関東学院大学准教授。1973年、兵庫県生まれ。「「リメイク」映画とは何か—ガス・ヴァン・サント『サイコ』を中心に」(『入門・現代ハリウッド映画講義』収録)などヒッチコックにまつわる論考を多数執筆。