カルチャー

思いがけないテナントの歴史があった『松岡九段ビル』。

東京五十音散策 九段下②

2024年7月30日

photo: Hiroshi Nakamura
text: Eri Machida
edit: Toromatsu

東京都内の駅名を「あ」から五十音順に選出し、その駅の気になる店やスポットなどをぶらりと周っていく連載企画「東京五十音散策」。「く」は九段下へ。

 九段下の名物ショップといえば、ラグ、クッション、時計などのインテリアグッズにアーティストの作品を落とし込んだアイテムを取り扱う『パシフィカコレクティブス』。近くまで来たらここは外せない、とふらっと尋ねてみたら、りんごと窓が描かれた可愛いデザインの靴下を発見。手頃な価格と丈夫そうな厚手の生地が気に入って手にとって眺めていると、店主の貴島泰介さんが「この建物は昔AppleとWindowsの日本で最初の支社が入っていたから、それをイメージして作ったんです」と教えてくれた。まさか誰もが知る世界的大企業が4階建てのごく普通のビルの一室に入っていたなんて! 思いがけない歴史にたまたま触れて、少し調べてみることに。

 早速『松岡九段ビル』を管理する「松岡地所」の担当者の方に話を伺うと、1929年に竣工したこのビルは、元々『松葉館』という旅館として建てられ、旧帝国ホテルでも使用されたことで評判高かった大谷石を取り入れたモダンな建造物だったそう。劣化が進んでいたため改修を何度か繰り返し、現在の外壁はパネルで覆われてしまっているが、実は建物の脇や窓の形に過去の名残があって想像が膨らむ。2階の『成山画廊』と3階にある建築家の内藤廣さんの事務所は、昔のサッシが残る貴重な部屋で、内側からしかわからない痕跡もある。

 当時の写真が見られないのが残念だが、検索するといくつか出てくるのでぜひ確認してみてほしい。現在も『パシフィカコレクティブス』をはじめ、ギャラリーや建築事務所、文化芸術の企画をする会社など、興味深いテナントが数多く入る『松岡九段ビル』。物事でもなんでもそうだけど、ビルも真正面から見るだけではなくて斜めからアプローチして初めて気付くことがあるのだと学んだ。

このビルを深掘りするきっかけになった『パシフィカコレクティブス』で販売している「Computa “LOVE ” Socks」¥2,500 イラストレーターのnakao michioさんが描いている。

『パシフィカコレクティブス』のある208号室は三角窓。以前〈ストラディバリウス〉などを修理する職人さんもここを借りており、「ヴァイオリンが部屋じゅうにある写真を見せてもらいました」と貴島さん。

ビルを管理している「松岡地所」の創業者、松岡清次郎氏が創設した白金台にある『松岡美術館』のポスターがエントランスに貼ってあった。

インフォメーション

思いがけないテナントの歴史があった『松岡九段ビル』。

松岡九段ビル

住居としては使えないため、事務所として利用している方が多い。皇居の千鳥ヶ淵や靖国神社、インド大使館に囲まれており、周辺は落ち着いた雰囲気。春は満開の桜が窓から見える部屋もある。1階にある『カフェ ミエル』は、パスタやカレー、サンドイッチなどの食事、スコーンやシフォンケーキなどのデザートも何を食べても美味しく、店内のアンティーク雑貨も見応えがある喫茶店で、九段下を訪れる際はぜひ立ち寄ってほしい。

○東京都千代田区九段南2-2-8