フード
台所から見える世の中っていうものがあるのだ。
『クッキングパパ』の作者・うえやまとちさんの”自炊”の話。
2021年5月11日

荒岩一味には、マジでリスペクトしかない。え、誰かって? 1985年から30年以上にわたって連載している料理漫画、『クッキングパパ』の主人公だ。

妻子あるサラリーマンの一味は、多忙で不器用な妻に不満をたれることもなく、料理をはじめとする家事全般を進んで担っている。結婚したら僕もこうありたいものだ。こんな画期的なキャラを通して、「料理って、楽しいんですよーーーっ!!」(単行本の折り返しにいつもある作者の言葉)というメッセージを届けてきた人なら、きっと自炊についても一家言あるに違いない。そう考えて、最後は作者のうえやまとちさんに話を聞くことにした。そもそもうえやまさんが料理の楽しさに目覚めたのはいつだったのだろう。
「僕が高校3年のときに、親の都合で男3兄弟だけで暮らさなきゃいけなくなったんです。悲惨な生活でしたよ。今まで家事なんてやったことがないから、見よう見真似で覚えてね。そんな中、料理が一番面白かったんです。創造性があるから。週末、同級生の悪友たちが遊びに来て、『腹減ったー』って言うんだけど、米とたまねぎしかない。それで具がたまねぎだけのケチャップライスを作ったり(笑)。“赤飯(あかめし)”って呼んでたけど。その辺が僕の料理の原点かもしれない」
“赤飯”のように、自分がオリジナル料理を創造するのって楽しそうだし憧れる。今回うえやまさんが用意してくれた“おにぎらず”(具をご飯とのりで包んだもの。材料はおにぎりと一緒だがにぎらなくていいからと、うえやまさんが命名)は奥さんが考案したもので、具になっている“平煮”(1〜1.5㎝厚に切った平たい豚で作った角煮)はうえやまさん自身のアイデアだとか。まさに創造性の結晶。と同時に、この高校時代のエピソードからは、誰かに振る舞うことこそが、うえやまさんにとって料理の楽しさなんだということも伝わってくる。そういえば、一味もいつも誰かに振る舞っていたな。


「漫画で出す料理は、まず自分で作ったものをスタッフ数人に食べてもらって、意見を聞くんです。今はコロナでそうもいかないけど。一番最後に、一般人代表としてうちの母ちゃん(奥さんのこと)にも食べてもらうんだけど、シビアなんだよ(笑)。『なんでこんなもの作ったの?』とか。こっちの苦労をわかっているのかと。だけど、たまにぽろっと『美味しい』って言ってくれると、むちゃくちゃ嬉しい。コロナ禍以降はうちの食事を全部僕が作っているので、最近は『太ったじゃない!』と文句を言われてますが(笑)」
あら、素敵。『クッキングパパ』にもありそうなほがらかなシーンだ。しかし、まだ生涯の伴侶を見つけてない僕は、自分のためだけの料理を作ることのほうが断然多いのが現実。うえやまさんは一人暮らしのとき、どう自炊と向き合っていたのだろうか。
「自分ひとりで暮らしていたときは、どうでもよかったです。炊飯器の米にそのまま納豆を入れて食べていたくらいですから。そんなに肩肘張って考えなくてもいい。面倒くさくなったら、コンビニ弁当でもいい」
「これじゃあ、企画の趣旨に合わないか」と笑ううえやまさんは、「それでもときどきは自炊をしたほうがいい」と付け加える。
「台所から見える世の中っていうものがあるんですよ。僕が漫画を描き始めた’80年代はまだそれほどでもなかったけど、ゴミ問題とかっていうのは、台所に立っているとわかってきます。どういう食材を選ぶことが世の中にとっていいことなのかとかね」
なるほど。僕はこれまで生活がすさむとか、どうすれば自炊が楽しめるかとか、自分のことしか考えてなかった。だけど、自炊はもっと大切なことも、ときに教えてくれるのかもしれない。奥が深いなぁ、自炊。
プロフィール
うえやまとち
漫画家。1954年、福岡県生まれ。1977年、『くだらない勇気』で手塚賞に佳作入選。その後、『であい〜はるきくんの日記』でデビュー。『クッキングパパ』で第11回ちばてつや賞一般部門準入選。その後、同作は連載化され、現在に至る。
取材メモ
おにぎらずは、その名のとおり、にぎらないでいいから、炊きたてのご飯でもすぐ作れるのがポイント。平べったいから食べやすいし、何よりサンドイッチみたいに断面が見目麗しい。簡単なのにオシャレっていい。
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