カルチャー
精神科医の斎藤環が、もう一度観たい未ソフト化映画。
今日はこんな映画を観ようかな。Vol.5
2023年7月27日
illustration: Dean Aizawa
text: Keisuke Kagiwada
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毎回、1人のゲストがオリジナリティ溢れる視点を通して、好きな映画について語り明かす連載企画「今日はこんな映画を観ようかな。」。今回のゲストは、今年2月に『映画のまなざし転移』を上梓した精神科医の斎藤環さん。一度しか観ていないのに、忘れがたい痕跡を残した未ソフト化映画について語ってくれた。
語ってくれた人
斎藤環
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私は映画館主義者じゃないので、別にスマホで観ようが早送りで観ようが全然オッケーという立場です。なので、今回も鑑賞した方法はさまざまですが、にもかかわらず、今もなお心に何かの痕跡が残っている3作を紹介したいと思います。残念ながら日本で観る方法がないので、ぜひソフト化してほしい3作でもあります。
とりわけ思い入れが強いのが、『青春祭』。中国人監督の映画なんですけども、これはテレビ放映されたものをベータに録画して、一期一会的に観たものです。かつては深夜枠でよくマニアックな映画がテレビ放映されていて、テレビ雑誌かなんかで勧められていたんでしょうね、作品も監督も知らないまま録画して観たら、非常によかったという記憶があります。
文革で挫折をしたインテリの女子学生が、タイ族の文化が残っている雲南地域にやってきて、現地人の生活スタイルに溶け込んでいくという話が、ずっとこの女性の独白形式で進んでいくんですよ。 セリフの応酬でストーリーが回っていくのではなく。まずはこの独白モードが、他の例をあまり知らないので新鮮でした。
あと、とにかくタイの文化の描写が非常に瑞々しい。非常に薄暗いところで焚き火かなんかをしながら食事をする冒頭のシーンも印象的ですし、それから途中で若者の集団が、求愛行動をするシーンがあるんですね。 女性と男性の集団がそれぞれ分かれて歌を交換し合うという、例えは悪いですけど、非常に動物的というか、鳥が鳴き声で求愛し合うような印象があって、これも非常に斬新だなと思いました。当然、主人公はそこには参加できないので、ちょっと外れたところから見ているだけなんですけど、溶け込もうとしているんだけど、どこか馴染めない感じもリアルだなと。結局、この女性はあるカップルと三角関係みたいになってしまって、すったもんだの末に中央へ帰ってしまうんですけど、しばらくすると山津波で村が押し流されちゃってですね、帰ってきたら村が跡形もなくなっている。それを見て主人公が泣き崩れるというラストも素晴らしい。
基本的に私は、映画のストーリーをあまり覚えられない方なんですけど、この映画に関しては割と記憶に残っているので、訴えるものがあったんだろうなと思います。 それは私が生まれ育った田舎から関東の大学に来て学んだ立場として、この女性の葛藤に共感できるからなんでしょうね。
『青春祭』は’85年の映画なんですが、それと同じ頃に観て印象に残っているのが、チャウ・シンチーが主演した『逃学威龍』。英題は「Fight Back to School」ですね。チャウ・シンチーは『少林サッカー』で一躍有名になりましたれども、それより前の作品です。
非常にくだらない映画なんですよ。チャウ・シンチーは刑事の役なんですけど、 銃が盗まれちゃったんで、それを探すために学生に化けて学校に潜入するという。当時のチャウ・シンチーは若かったと言え、学生に化けるという無理くりな設定もあって、そのギャップを使ったギャグが連発する。ストーリーは語るまでもないような、ベタなコメディです。
香港のギャグ映画っていうと『Mr.Boo!』シリーズをはじめいろいろ伝統があるんですけど、個人的にはちょっと世代が違う感じがあるんですよね。『Mr.Boo!』は、日本だと主人公の声を広川太一郎さんが吹き替えたことで知られていますけれども、そういう吹き替えがあって初めて成立するギャグだったと思うんですよ。一方、チャウ・シンチーのギャグっていうのは、普通に観ていて面白い、くすっと笑えるものがある。そこに同世代的なものを感じられるんですよね。
だけど、数あるチャウ・シンチー映画の中でなぜこれを取り上げるかというと、香港で観たというのが大きいですね。当時、私は香港映画ファンで、しょっちゅう現地に行って観たりもしてたんですけど、まだ名前だけしか知らなかったチャウ・シンチーの新作がやっているということで、ふらっと現地の映画館に入って観たのがこの作品でした。一応、英語字幕がついてるので、かろうじて意味はわかったんですが、非常に面白かったという記憶が、忘れがたい印象に繋がっているんですね。
最後の『ファザーレス 父なき時代』は、公開当時にパンフレットへの寄稿を頼まれたんで観たんですけれども、バイセクシャル的な傾向を持っている男性が、自分探しをする姿を追ったドキュメンタリーです。彼は生きづらさを感じていて、そのルーツを探して、故郷に帰ってくるんですね。すごくあっさり言ってしまうと、そこで家族と暮らして、父親との葛藤に気づいて、 カメラを前で父に対する恨みをぶつけまくるという、そういう話なんですよ。で、最後には和解して、家族みんなで1つの布団で寝るみたいなシーンがあってですね、なんて言うか、他人の家庭を覗き見ているような生々しさというか異様さがある。
と同時に、『ファザーレス』がタイトルなんですけど、まさに「父殺し」の作品なんですよね。彼が自分の父親に対し、 父に起因する辛かった記憶を吐露し、告発するような作品なんですけども、 そのときカメラが父のポジションにいるんですよね。カメラが父として介入してきて、その父の視線の下で「父殺し」がされていく。その視線は、父に対しても容赦なく切り込んでいくんですけれども、当然、返す方で本人も切られてしまう。非常に痛々しいシーンでもあるんですけれども、カメラを父殺しのツールとして使うっていうのは、私から見るとすごく斬新な発想だなと思って、関心しました。
これらの3作に共通点を見出すのは難しいですが、愛惜の感情というか、失われることを惜しむ感情みたいなものを、観ながら抱いていたとは言えると思います。それはチャウ・シンチーの作品にもある。彼って成功者なんですけど、すごく不器用な感じがあってですね、 ちょっと見てて痛々しい印象があるんですよ。一見バカバカしいコメディですけれども、 彼も何かしら喪失感を抱えてることを匂わせるような陰がある。私の記憶に長く残る映画ってのは、大体どっかしらそういう喪失感を秘めてるような気がしますね。私の1番古い洋画の記憶が『まぼろしの市街戦』っていうフランス映画だったんですけれども、あれも狂気の人が作った街の話だったりするので、 そういう記憶が影響してる可能性があるのかもしれませんね。
Select 1
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『青春祭』(1985年、チョン・ヌァンシン監督)
文化大革命の煽りを受け、中国西南部雲南省にあるタイ族の村に下放した17歳の少女、李純。新しい環境に戸惑いつつ、この地での暮らしに馴染んでいく彼女の成長譚。
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『逃学威龍』(1991年、ゴードン・チャン監督)
香港警察の刑事が、失踪した拳銃を探すべく、上司の命令によりとある中学校で学生として潜入捜査を開始する。『21ジャンプストリート』を彷彿とさせるお馬鹿コメディ。
©︎Everett Collection/アフロ
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『ファザーレス 父なき時代』(1997年、茂野良弥監督)
いじめ、登校拒否、家庭崩壊、バイセクシャル、自傷行為などに悩まされて生きてきた青年が、彼を追い込んだ家族と向き合う姿をとらえたドキュメンタリー。
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