
ひー、かわいい。タコスショップ『tac』をインスタでみた時、これは絶対取材したいと思った。手書きのゆるロゴに反して、スクエアなオリジナルチェアや刺繍入りのおしぼりなど細部の作り込みがエグい。手掛けたのは「ichi corporation」。ソウルの熱い食の場を続々生み出しているフードカンパニーだ。共同代表を務めるDayeon Kwon・通称ダニーさんは、1992年生まれ。ソウルのフードカルチャーを牽引する若きクリエイティブディレクターを前に、取材中ずっとあゆが頭の中で流れていた(輝き出した僕らを誰が止めることなどできるだろう?)。

平野さん
ichi corporationはどんな会社ですか?

ダニーさん
フード・空間デザイン・ブランドデザインを総合的にディレクションするF&Bカンパニー(飲食会社)です。韓国のF&Bは元来、率直に言うと、あまりファッショナブルではないんですね。でも私たちは飲食においてもデザインがすごく大事だと考えています。だからファッションブランドを運営するに近しい神経を使いクリエイティブディレクションに務めます。今は10店舗ほど経営していてスタッフは総勢120名、大部分は20代。例えばデザイナーも20代ですが、経歴がある必要はありません。私たちがデザインのディレクションを行うので感覚をうまく共有できる人材であることが重要です。

平野さん
ウェブサイトも飲食らしからぬモノクロの風景写真が最初に出てきますよね。

ダニーさん
F&Bブランドのウェブサイトって大体カラフルで「チキン〜!」みたいな感じじゃないですか(笑)。そういうのはあんまり好きじゃなくて。お客さんが見た時に、インスピレーションと一貫性を感じること。ガチャガチャせず静かで、デザインのレベルが高い洗練されたイメージを与えたいと思いました。

平野さん
なぜデザイン性は重要なのでしょうか?

ダニーさん
おいしい店はいっぱいあります。味だけで勝負をしても競争力がありません。他方、今の韓国の若い世代は綺麗でおしゃれなものが大好きです。彼らの中には、空間が微妙なところで食事をするのはお金が勿体ないと考える人さえいます。でも、そういった需要に応えられる飲食店はそう多くありません。だからこそ私たちがその立場を担うべきだと思いました。おいしいのはもちろん、そこはどのような空間で、どんな香りが、音楽が流れているのか。その全てをデザインすることが重要なんです。

平野さん
麺、お肉、トリュフ、タイ料理など……業態が多岐にわたっているのはなぜ?

ダニーさん
肉料理もタイ料理も、昔ながらのお店の世界観が共有されていますよね。そういったイメージを裏切ることを常にやりたいんです。私たちの手にかかれば肉料理でも見たことのないものになる。タコスにも新しい感覚を吹き込む。そういった試みを多様な形態で実現したいんです。

平野さん
『tac』のコンセプトはどこから?

ダニーさん
最初に浮かんだのは、タコスやワカモレの食べ方を示すイラストでした。うちのワカモレは、材料を用意してあとはお客さんに手を動かして作ってもらうんです。すると食材への関心が高まり、作る過程を楽しんでいただける。また一般的なタコスは何が入っているか分かりにくいですが、『tac』は食材をはっきりと見せるスタイル。組み合わせの面白さも親切に伝えたい。そのためにはイラストが必要だと思って、私がiPadで手描きしました。


平野さん
タコス自体がキュートなフードだという感覚がありますか?

ダニーさん
ありますね。私のかわいいはピンクとかって意味じゃなくて……タコスはまず半円形のフォルムがかわいいですよね。うちが経営する他のお店はもっとクールなところが多いんですが、タコスという食べ物のキャラクターを考えるとこういう形になりました。

平野さん
お店が素敵なのでつい写真を撮りまくりたくなりますが「写真ばっかり撮ってないで早く食べてよ」と思ったりしませんか?

ダニーさん
全く思わないですね。アップしてくださった写真は、私たちにとっても有益なデータになります。最近の人たちって写真を上手に撮ってくれるんで、気にもしていないところにかわいさや美しさを見出して楽しんでくださる。それはすごくいいことだと思いますよ。


平野さん
『Bonilla churros』も大人気ですね。なぜスペインのブランドを輸入してチュロス店を開くことにしたんですか?

ダニーさん
チュロスは10年前に一度韓国でブームになってるんです。でもその時のチュロスはスタイリッシュではなかった。もっと上手にブランディングしたら当時とは違った風を吹かせられるんじゃないか。そう思い立って、スペインのブランドをたくさんリサーチして。その中でここしかない、と思ったんです。

平野さん
最高においしかったです。チュロスの溝が深めで、ガリガリッとして。

ダニーさん
まさに! スペインのチュロスってもっと柔らかくてもちもちしたものもあるんですが、韓国の人ってチキンもそうだけどガリッとしてるのが好きなんです。だからこれは韓国でも受けいれられるだろうと思いました。


平野さん
ご自身でブランドを立ち上げようとは思わなかったんですか?

ダニーさん
もちろん弊社のシェフが作る料理はおいしいですが、チュロスのように出自が海外にあるフードは、やっぱりオリジナルが最高です。それでも自分たちでやってしまうと、今韓国にある他のチュロスと差別化ができませんし。ただ、ブランディングはかなり本家からアレンジを加えて私たちらしくやってますよ。ボニラのスペイン本店はクラシカルなお店ですが、あえて私たちはスタイリッシュな空間作りをしています。ディップするチョコレートも酸味の強さを和らげて私たちに馴染みやすいものを追求しています。

平野さん
ブランドを作る上でインスピレーションを受けたカルチャーはありますか?

ダニーさん
フードブランドから影響を受けることはありません。ただ、私たちがブランドを発想する時は〈LE LABO〉がベーカリーを作ったらどうなるのかな? 〈Aesop〉がカフェを作ったら? と考えるんです。あと日本が大好きで、たくさんインスピレーションを受けてますね。

平野さん
なるほど〜! そういう考え方かあ(平野強烈に納得する)。日本で好きなショップはありますか。

ダニーさん
日本の店はすごく綺麗でかっこいいです。お店の中に植物が多いのが心地よいし、木製家具のウッディーな感じと飾ってあるグラフィックのバランスなんかにハッとすることも多くて……。例えば、代官山の蔦屋とヒルサイドテラスは好きですね。

平野さん
なんか嬉しい。ichi corporationは日本語で「1」の意味もありますよね。

ダニーさん
ですよね! 日本語で一番って意味なのが、すごくいいなと思ってました。あと、韓国語で理知・インテリジェンスっていう意味もあります。

平野さん
韓国の飲食シーンはスピード感がすごいですよね?

ダニーさん
ほんっとうに速いです。でもしょうがないですよね。どうしようもない。私自身が新しいことが好きだしもっと楽しいものを見せたいと思うタイプでもありますし、このスピード感を楽しむしかないんです。

平野さん
そういった世界でサバイブするために必要なことはなんだと思いますか?

ダニーさん
あまりに尖ったもの、コンセプチュアルすぎるものは拒否感も醸成すると思います。私自身が特別な人間ではないから……というのもありますが、一般の人たちに愛される、それでいて少しだけセンスの目盛りが上がるようなものを提供したい。少しかっこよく、少し新しく。だけど普遍的な美意識があるような。そういったものを目指した先に長く愛されるブランドが育っていったら良いと考えています。
インフォメーション

tac タク
ファミレスとかのボックスシートよりも、ずっとボックスっぽいシートに収まると、ステンレスのプレートに見目麗しいタコスが。長時間低温で煮込んで皮目をスーパークリスピーに仕上げたオギョプサル(五枚肉)のポークタコスがめちゃうまい。「まじでうちはビジュアルだけじゃないから」って気合を感じる。料理を待つ間は、ワードサーチのゲームとか楽しめちゃう。店員さんもなんか楽しそう。あのー、ここって求人募集してないですかね?
◯龍山区漢南大路27ガギル23/23, Hannam-daero 27ga-gil, Yongsan-gu 12:00〜LO 14:00・17:00〜LO20:30
店頭に設置された予約管理システムで当日の予約可能。基本的に毎日大混雑する人気店。
Instagram
https://www.instagram.com/tac.seoul/
インフォメーション

Bonilla churros ボニラ チュロス
チュロスが大好きなので流行んないかな〜と思ってたらソウルでとっくに流行っていた! 休日になると店の周りにはご覧のような人だかりで、数時間待ちにもなる驚異の人気店。行列の先には、スペインの「チョコラテ・コン・チュロス」=濃厚なチョコレートにつけて食べる本場なチュロスが。溝が深めでザックザク。食感好きの韓国のみなさんも大納得。1932年スペイン発祥、漢南洞に3月にオープンしたこちらはアジア第1号店。
◯龍山区梨泰院路54ガギル12/12, Itaewon-ro 54ga-gil, Yongsan-gu 12:00~LO20:00 無休
Instagram
https://www.instagram.com/bonilla.churros.korea/
Official Website
http://www.bonillaalavista.com/