カルチャー

映画『死体の人』出演、唐田えりかさんにインタビュー。

2023年3月8日

photo: Takao Iwasawa
styling: Ami Michihata
hair & make: Izumi Omagari
text: Yoon Woong Dae

何者かになろうとすることの怖さと、
自分を知ることの大切さ。

 3月17日から公開の「死体の人」で、唐田えりかさんは風俗嬢の加奈を演じている。加奈は奥野瑛太さん演じる死体役しか得られない売れない俳優と、ひょんなことで出会う。唐田さんは本作には、オーディションを経て出演が決まったという。これまでになかった役を演じる中で得たこと、そしていま思う演技について尋ねた。

——デリバリーヘルスという役柄にどうアプローチしましたか。

 まず髪をピンクに染めるとか役柄に必要だと思うことは、自分で決めてやってみました。他にもクランクインの前に加奈の住む部屋に一泊したんです。実際に生活してみたらどんな感じなんだろうなというのを味わってみたいと思って。
 ゴミが散らかったままの汚い部屋の状態で、そこにひとりで泊まったとき、すごく心細くなりました。ひとりでいること自体が不安で怖くなりました。加奈の役柄そのままに、本当に彼氏が自分の支えのすべてみたいに感じた時間でした。

——これまでの役作りでも、そういうことはよくされていたのですか?

 泊まるといったことは初めてでした。

——どうしてまたやってみようと思ったんでしょう。

 主演の奥野瑛太さんが役の部屋に泊まっていると聞いて、自分もできることをやりたいと思ったんです。今回の作品では、奥野さんの役作りから学んだこと、引っ張っていただいたことは大きかったと思います。

——そういう試みの中で加奈の投げやりな感じ、寂しい感じが自分に馴染んでいきました?

 だんだん染み付いてきたし、加奈が自分に入って来た感じです。もちろん私自身も「寂しいな」と思ったりだとか不安定な部分はあるので、その自分の弱いところ自信がないところをちょっと意識して感じて大きくしたりというのはありました。

——そこがある意味での自分と役柄の接点だった。

 そうですね。

——完全に弱さに飲み込まれずにいるために、唐田さんはどうしているんですか?

 周りの人には「強いね」とよく言われますが、けっこうちゃんと弱い。すごく弱い方だと思います。けど、自分の弱いところからなるべく逃げないようにしたいなって思ってます。
 自分のどういうところがダメだとか。やっとこの歳になってわかってきたし、知れて来たので、そこといかに向き合っていくか。それが自分の中の課題であり、弱さに取り込まれない方法ではないかなと思っています。

——今回の加奈役も最初は恋人に依存しているような弱いキャラクターでした。ある意味で、演じることは、自身の弱さと向き合う術にもなった?

 演じていると楽しいと思うことだけではないです。自分の弱さと向き合うことも役と向き合うこともけっこうしんどかったりします。
 だけど、完成した作品を見たときに報われたというか。「死体の人」に携われてよかったな。自分の人生にプラスされることだし、すごく幸せだなと思いました。

——作品では唐田さんが演じる役にしても、何者かになりたいと足掻いています。何者かになりたいけれど、どうしていいかわからない。そんな人たちがたくさん出て来ました。

 この仕事をしている時点で「何者かになりたい」というのを望んでやっているかもしれないです。でも、何者かになるってちょっと怖いですよね。

——どういう怖さでしょう?

 自分というものを捨てる、とまではいかないですけど。何者かになろうとすると、自分というものを失くしてまでそうなりたいと思いがちかもしれませんよね。そう考えると危険だし、怖いことだなと思うんです。何者かになる前にまず自分が何者かをわかっておかないと何者にもなれないんじゃないかとも思うんです。

——俳優は絶えず何者かになろうとします。と同時に、自分自身から離れることはできない。考えてみたら演技とは矛盾した行為ですね。

 だから役と向き合う前にまず自分というものと向き合わないといけない。私も「向き合っている」と言いつつ、自分がどういう人間だと明確に「こうです」と言うのは、まだ難しいんですけど。だからこそ、まずは自分がどういう人間なのか。何者なのかを探り続けることが大事だし、それと同じ作業を役に対してもするべきなのかなと思います。

——理想や憧れを抱くと焦ってしまって、その探り続ける試みをおざなりにしがちです。

 憧れとか「あの人みたいになりたい」というのは、すごくすてきなことだと思うんです。少し話は変わるかもですが、よく耳にする「自己肯定感」という言葉に関して、少し思うことがあって、自己肯定感は社会で生活する上で大切ではあると思います。でも「自己肯定感が大事」という言葉を必要としているとき、自分よりも他者を考えていることが多いんじゃないかなとちょっと思ったりもするんですよね。

——自分の内側からみなぎる肯定ではなく、誰かの言った言葉を通じてでなければ自分を肯定できない。それだと常に他者について考えていることになりますね。

 まず自分を大事にしていないと他者も大事にできない。全部がつながっていると思います。
 だから憧れとか理想の実現だとか、そういう目標に向かう中で自分がどう変われるか。その作業をまず大事にしたいなと思います。

——加奈という人物は弱いままで終わることなく、自分を取り戻していく、変わるという決断をします。

 疑問を持つことなく脚本を読み進められた気がします。彼女の中でやっと守るものができて強くなった。というより、強くなろうとする一歩を踏み出せた。その決断は大きかったんじゃないかなと思います。

——変わることを自分に許す過程が「死体の人」では描かれ、それが映画や映画に関わる人たちへの愛につながっているとも感じました。

 この作品は草苅勲監督のこれまでの人生の思いが詰まっていて、そこにちゃんと映画愛が存在していることを体感できます。クランクイン前に稽古をしたことがあって、その際に演出を受けながら思ったのは、私は微力ですけど、監督のために頑張りたい。そう思わせてくれる方でした。そのことも含めて、この作品に関われて幸せだなと思います。

——これまでいろんな監督の作品に出演されています。経験を積むにつれて演じることに対しても考え方は変わって来たかと思います。

 変わってないようで変わったような気がします。毎回、一回一回が全力勝負なのは変わらないですが、今の自分の立場としては年齢や立ち位置的にも以前よりも背負っているものが多いので、演じるには吐き出していかないといけない。吐き出すことが大切だと今は感じています。
 ただ、これまでよりもいっそう自分が変わっていく姿を見せていかないといけないので、そこに対しても全力でやらなければいけない。あれこれ考えずに自分ができることはなんだってすごく目標がシンプルになった気がします。そこが変わったかなと思います。

——変わらないところは?

 集中し過ぎると周りが見えなくなってしまう。不器用な部分は変わってないかなと思います。

——集中し過ぎると、キャラクターと自身の分別がつきにくくなる?

 ありますね。日常でも役に近づけようと思って、「この役はこういうことをしないかな」とけっこうやる方ではあります。脚本があって演じているのに先がわからなくなる瞬間がわりとあったりします。もちろん、頭ではわかってはいるんです。だけど自分との差がなくなる瞬間がありますね。わりと役によって振る舞いが変わるというのは家族とか近い人には言われます。

——俳優に限らず、もしかしたら誰しも人格なんて普段と違う振る舞い方ひとつで変わるものかもしれません。だとしたら先ほど話された、自己評価の低い人の自己肯定感へのアプローチも変わりそうです。

 まず自分を大事にすることができないとしたら、もしかしたら育ってきた環境がいちばん影響しているかもしれないです。かりに私がそういう悩みを友人に受けたら、その人に対して愛をもって接することができたらなと思います。
 このところ本当に人に生かさせてもらっていると言いますか、私はひとりで生きてないし、自分の命だけど自分だけの命じゃないと思うようになったんです。そして、もしかしたら生きていく上で物事はシンプルなんじゃないかと思うようになってきました。
 好き嫌いをはじめ、自分の心に本当に素直になるべきだなと思います。人を傷つけた上でそうなってはいけないですけど。でもまず自分のシンプルな思いといった、小さなところから自分に素直になることで自分の感情が理解できていける。自分の感情や発言に対して素直になっていくことで自信もつくと思います。「自分ってこういう人だ」と気づくことが、自分で自分を支えていくことになると思いますね。
 自己肯定感が低いから誰かの支えがないと生きていけないという状態をいかになくしていくか。もちろんひとりでは誰も生きていけないです。けど、どうやったら立って生きていけるかはやはり大事で、ひとりで立つ力を、それは私の課題でもありますけど、いかに模索して自分のちょっとした感情の機微に気づけるようになるのが大事なのかなと思います。

——自分に素直になることは他人を傷つけることではない。ふたつの違いを知るのも、自分の感情に気づけばこそですよね。そこの見極めがつくようになったのはなぜですか。

 もともとバカ正直だったせいもあるかもしれないです。傷つけることはいけない。でも自分が正直になれない関係性にいいことがあるのか。それって自分のためなのかなと考えていました。自分が自分でいれる関係性がきっとプラスにもなると思うので、だからどこかで「嫌われたら仕方ない。」という開き直りも自分の中であると思います。そこまで嫌われることに対して怖さがなかったのかもしれないです。

——最後に、この映画がどういう人に届いたらいいなと思いますか。

 モヤモヤしているというと簡単な言い方ですが、「これからどうしようかな」とかちょっと一歩踏み出したんだけど、その勇気が欲しい人。その背中を押してくれるような何かが欲しい人たちに見ていただきたいなと思います。

ジャケット¥83,600、ボディスーツ¥39,600、パンツ¥50,600、シューズ¥90,200(FETICO/THE WALL SHOWROOM☎︎03·5774·4001)、イヤカフ¥13,200、ネックレス¥41,800、リング¥30,800(IF8 info@if8-official.com)

インフォメーション

死体の人

死体の人

役者を目指していたものの、気づけば死体役ばかりの売れない役者の吉田広志(奥野瑛太)。ある日、鬱屈を紛らわすために部屋へ呼んだデリヘル嬢の加奈(唐田えりか)から頼み事を引き受けることになる。広志は何者にもなれないことに、加奈は誰かのための何者かになろうとして足掻いていた。そんなふたりのそれぞれが抱える屈託が混じり合い、思わぬ方向に運命は転び出す…

プロフィール

唐田えりか

からた・えりか|1997年、千葉県生まれ。2015年、ドラマ「恋仲」で女優デビュー。その後、back numberのMV「ハッピーエンド」に出演し話題に。「こえ恋」(テレ東系)「トドメの接吻」(日テレ系)「凪のお暇」(TBS)などのテレビドラマに出演ほか、韓国Netflixドラマ「アスダル年代記」にも出演。映画では、ヒロインを演じた『寝ても覚めても』が第71回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門の参加作品に選ばれた。2022年には主演映画「の方へ、流れる」が公開となった。