カルチャー
鈴木涼美さんにインタビュー。【後編】
デビュー中編『ギフテッド』刊行記念!
2022年7月29日
大学在学中にキャバクラのホステスやAV女優を経験し、日本経済新聞の記者を経て作家となった鈴木涼美さん。自身初となる中編小説『ギフテッド』が発売中だ。夜の街を生きる「私」のまなざしが、病に侵された母と、自死を選んだ女友達へと向けられていく。前編に引き続き、小説という新たな表現に挑んだ鈴木さんに話を聞いた。
書くことで、“わかっていないこと”がわかる。
――「ドア」「母」「刺青」などのモチーフも、人物像も、いろんな解釈ができる物語だなと感じました。読み終えたあと、いい意味で引っかかりがあって、もう一度ページを遡って確認したりして。
各紙の文芸時評などを拝読したところ、「時間と弔いと死」とか「母と子」とか「背負わなければならないもの」とか、いろんな読み方をしていただいて、すごく嬉しかったです。私自身、めちゃくちゃな本の読み方をするんですよ。「『不思議な国のアリス』は歌舞伎町の話としか思えないな」とか、「『風の谷のナウシカ』の腐海はAV業界なんじゃないか」とか(笑)。「私は本を自由に読ませてもらってるから、自分の作品も自由に読んでほしい」という思いがありますね。
――心情については抑制的な一方で、部屋の描写やホストの所作のように、ディテールが緻密に書き込まれている部分もありますよね。映像が見えるようでした。
部屋の中でカタカタ鳴っていた灰皿を小説のなかに落とし込んでいく、情景描写の楽しみってあるんですよね。あと、書くことで「気づいてなかったことに気づく」んです。文章を書くのって、“わかっていることの確認”じゃなくて、“わかっていないことの確認”なんだなって思います。
ーーなるほど!
新聞記者になったばかりの頃、取材が下手で「ビルの総工費聞くの忘れた!」とか「延床面積いくつだっけ……」ということがしょっちゅうだったんです。デスクに「なんで書いてないんだ!」って言われて、よく都庁の第二庁舎にある記者クラブまで走って行って。官僚の皆さんは無償かつ善意で答えてくださるんですけど、何度も聞いて嫌がられたりして(笑)。
――新聞となると時間が勝負ですもんね。
そうなんですよ。なので、すぐに記事を出すときは予定稿を作っておくんです。データ部分を黒丸にしておいて、記者会見でとったメモをバッと上書きする。その時のクセで、小説を書いているときも、自分が気を使えていないところや不確定な部分が黒丸に見えることがあるんです。これってすごく重要だなと思っていて。全貌を把握できていないのにわかった気になってしまうことは、すごく怖いと感じています。
――「わかる」「わからない」のお話は、物語のなかにも登場しますよね。そういう示唆に富んだ箇所があるのが、物語の魅力でもあるなと感じました。そして今回、装丁が五木田智央さんの作品ですよね。今までの著作とはテイストも違うし、すごくカッコいいなと思いました。
ありがとうございます。エッセイも書評も、そういうジャンルの本だとすぐわかるじゃないですか。なので、これまでほとんど丸投げで(笑)。でも今回は小説ですし、デザイナーの方に色々相談しました。五木田さんはもう、独特ですよね。インパクトがあって、すぐに五木田さんの作品だとわかりますし。この作品は表情がないので、楽しいとか嬉しい、という感情を規定しない。モノトーンで、グラデーションで、あまり湿っぽくない感じもいいなと思いました。五木田さんも快諾してくださって、良かったです。
夜の街の、はっきりしない微妙さを大事にしたい。
――最後に、今回のお話の舞台でもある東京についてもお伺いしたいです。
東京、好きですよ。私は生まれは東京で、そのあと鎌倉で育ちました。高校は都内の学校に電車で通ってたんですけど、クラスで1番目か2番目に田舎者で、ローファーに土が付いてるだけで友達に「どんな畦道歩いてきたんだよ〜」ってからかわれてたんです。でも、そんな子たちがコロナ禍で鎌倉にプチ移住していて。「あんたさんざんバカにしてたじゃん!」って(笑)。
――(笑)。東京の、どのあたりが好きですか?
高校の頃はもう「渋谷、聖地!」って思ってました。日経に入っていちばん感動したのは109の社長に会えたことなんですよ。東急電鉄の担当の方に「109を作っていただいてありがとうございます!」なんて言ったら刺さったみたいで、社内報に載りました。見出しが「109が似合う新聞記者」(笑)。
――すごい!(笑)お住まいになるのは、それこそ華やかな街が多かったんですか?
いや、いろんなところに住みましたよ。私引っ越ししまくってるんですよ。芝浦、下北沢、白金、新橋、乃木坂、西麻布、赤坂……もう10回以上。一度だけ広尾に住みましたけど、静かで暗くて怖かったですね。月島もすごく平和で。その点、北新宿は日々何かしらの事件が起こって飽きなかったです。ネパール人と韓国人が喧嘩してたり、ホストがコンビニの店内で寝ちゃったり。やっぱり、ちょっと歓楽街の匂いが残っているほうが好きですね。
――好きなのは夜の街なんですね。
私自身、夜の街に夢中だったから、若い子にとって魅力的な場所だっていうことがわかるんです。最初は「その魅力を書きたい」っていうのが物書きとしてのモチベーションでしたけど、魅力だけ書いていてもいいのかな、はたして若い子に伝えられることってそれだけだろうかとも思うようになりました。ただ、給付金の問題とか法整備とか、夜の街が議論の訴状にあがったときに、反対運動とか署名運動をする方々のことは素晴らしいなと思っているんですが、私自身は主張がはっきりしているというよりは、はっきりしない微妙さみたいなところを大事にしたいなとも思っていて。自分の表現は、夜の街の細部に宿る言葉を言語化したり、小説に落とし込んだり、そういう部分にあるような気がするんです。だから、活動家にも学者にもなれないんですけれど(笑)。
――今後も小説の執筆は続けていきますよね。
そうですね。今後も書いていきたい表現方法のひとつではあります。そういうときに、女性の商品化とか、夜の街というテーマは、少なくともこれから先数年はこすり続けるテーマだと思います。扱うモチーフも、場所も、全く違うものになるとは思いますが、その問題意識は、いつもどこか頭の片隅にある。何かしら、物語に滲んでくるんじゃないかなと思います。
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『ギフテッド』
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鈴木涼美
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