カルチャー
クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.13
紹介書籍『ペルセポリスI イランの少女マルジ』『ペルセポリスⅡ マルジ、故郷に帰る』
2023年1月15日
text: Densuke Onodera
edit: Yu Kokubu
反抗のための盛大なパーティー
2022年サッカーW杯の期間中、気になるニュース記事を見つけた。それは「イラン代表チーム、国家斉唱を拒否 反政府デモを支持」といった見出しで、2022年9月にヒジャブ(髪の毛を覆う布)を不適切に着用していたとして22歳の女性が拘束され死亡した事件をきっかけに同国内で反政府デモが続いていて、サッカーW杯イラン代表チームはその反政府デモに連帯を表明する形で国家斉唱を拒否したという内容だった。
その数日後には「イラン反政府デモでプロサッカー選手に死刑判決」といった記事や、「アカデミー作品主演の女優も逮捕 イラン、ヒジャブデモの弾圧強める」といった記事も目に入ってきた。
これを「よくある中東関連のニュースか」みたいな感じでさらっと流したり、「スポーツに政治を持ち込まず、W杯期間中はサッカーに集中すべき」みたいな態度をとることもできるかもしれない。けれど、無関心を決め込み無知であることを選択することは差別へと繋がっていく、というのは前回記した通りだ。
イランのことについて、無関心ではなく知ることを選択したいパンクスには、まず『ペルセポリス』を差し出したい。
本書は1969年生まれのイラン人女性による自伝的コミックだ。1979年のイスラーム革命、1980年から8年間続いたイラン・イラク戦争という激動の時代を生き抜いた著者の青春が描かれていて、読むと前述したニュース記事の背景にある歴史を知ることができる。
イランは1953年から1978年まではアメリカの支援(というか思惑)の元に近代化政策が取られていて、市民は西側諸国の文化を享受することが可能だった。本書の主人公もマイケルジャクソンが好きだったり、アイアンメイデンを聴いたりしている。当時はヒジャブの着用が義務付けられておらず、アルコールも禁止されていなかったのだが、イスラーム革命によってヒジャブの着用は法律で義務化され、アルコールは禁止され、マイケルジャクソンは堕落のシンボルになった。
イスラム教の国ならば女性がヒジャブを着用することは当たり前なんじゃないの、なんて無知な私は思っていたのだが、イランにはそういった背景からさまざまな考え方が存在していることを本書で知った。ヒジャブ着用について積極的に賛成する女性もいれば、否定的な感情を抱く女性もいる。日本において「多様性」や「分断」と言われるのと同じように、イランにも様々な価値観があり異なる意見が対立していたのだった。
イスラーム革命以降のイランにおいてはその価値観の「多様性」が認められず、独裁政権が強い力でもって市民を監視し、女性の権利や表現の自由が厳しく取り締られ、多くの人が圧政の犠牲になり、それが今もなお続いているようだ。
女性がヒジャブから髪の毛を見せたり、化粧をしたり、手首を見せたり、大声で笑ったり、ウォークマンを持つことすら逮捕の口実となるため、女性は外出時に恐れを持つようになる。その恐れについて、本書の主人公はこう言う。
「人は恐れると、分析や反省の分別をなくしてしまう。恐怖が私たちを麻痺させるのだ。そして恐怖はいつも、あらゆる独裁政権が弾圧を推進させる力となった。」
それに抗うように、主人公は仲間の家に集まってヒジャブを脱ぎ、アルコールを飲み、パーティーを開く。ある晩、パーティーの最中に軍の取り締まりにあい、仲間の一人が犠牲になってしまう。「もうパーティーには行かない」と弱気になる仲間に対し、別の仲間は「それじゃ奴らの思うつぼだ。俺たちを自由にさせたくないんだから。俺たちが楽しむことほど、奴らが困ることはないんだ」と反論する。
主人公はその考えに同調し、その晩に「あんなに飲んだことはなかった」と回顧するほどの盛大なパーテイーを開く。独裁政権による市民の非人間化に抗うために、どこまでも人間的であろうとすることで抗う姿勢。それはとてもパンク的だと感じた。
そして、イランでは今もなお主人公のように市井の人々が抗っているだろう。本書を読むと、とても無関心ではいられなくなる。ユーモアと誠実さで反権力の姿勢を描いたパンク的名著。
紹介書籍
『ペルセポリスI イランの少女マルジ』『ペルセポリスⅡ マルジ、故郷に帰る』
著:マルジャン・サトラピ
訳:園田恵子
出版社:バジリコ株式会社
発行年月:2005年6月
プロフィール
小野寺伝助
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