カルチャー

『九条の大罪』作者・真鍋昌平さんにインタビュー

漫画家の取材現場

2022年10月27日

僕にとっての、漫画のスタンダード。


photo: Katsumi Omori
text: Neo Iida
2022年11月 907号初出

 半グレの若者、覚醒剤中毒の客、風俗嬢。『九条の大罪』を読んでいると、彼らの匂いが立ちのぼるようなリアリティがある。この生々しさは、真鍋昌平さんの取材力によるもの。丹念な聞き込みから、あのヒリつく話を生み出しているのだ。

「『ウシジマくん』の初期は取材せずに描いてました。でもライターの上野さんや島田さんを通じていろんな人を紹介してもらって、『人間っておもしれえな』と気づいたんです。最初は大変でしたよ。ヤクザの若い衆を取材中、250万のロマネ・コンティを2本頼まれそうになって。上野さんに『上にスジ通してからいったほうがいい。上の顔があるから対応が丁寧になる』とアドバイスをもらってから、だいぶラクになりました。今は漫画の知名度も上がってよりやりやすくなりましたね。今では知り合った人が、面白い人をどんどん紹介してくれるんです。とある社長が紫色のダイヤモンドを見せてくれて、『いいですね』って言ったらポンとくれて。値段を聞いたら『1700万円』!(笑)。すぐ返しました」

100人以上に会って生んだ、“九条間人”という人物像。
どんなワルでも、依頼人を助けるために知恵を授ける九条。真鍋さんは100人以上の弁護士と会い、何人かの要素を重ね合わせて人間像を作り込んだという。「創作で作ってる部分もありますよ。九条先生の優しい台詞とか。弁護士=正義の人として描いていないのは、検察側にだって正義はあると思っているから。それぞれの立場ごとに正義があって、その正義がぶつかっている。その現実を描きたいと思っているんです」

 真鍋さんともなれば、編集者がアポを入れて、段取りを組んで、日程を決めて、みたいな感じかと思ったけれど……。「ひとりでパパッと行っちゃいます。スマホで録音して、聞きながらその場でiPadを打ってテキストにして。いつどこで『会いますか?』が来るかわからないから、フットワークは軽く。作画中でも行けたら行きますね。飛び込んで潜入することもありますけど、最後にはちゃんと『真鍋です』って明かしてます」

 被害者も加害者も、荒れた部屋に住んでいるのがリアル。それも取材の賜物だ。「必ず冷蔵庫とかゴミ箱を見て、日頃の生活を想像するんです。自殺した人の話を描くために数日後の現場に入らせてもらったら、食べたばかりのものが残っていて、ものすごく生々しかった。描きながら、その人が毎日考えてたことをなぞっていたら、自殺がチラつき出して、怖くなっちゃって。担当編集がわざわざ来てくれて、朝まで一緒に飲んでくれたので助かりました」

真鍋さんがよく訪れるという新宿歌舞伎町の『上海小吃』にて。人が人を呼び、大勢で集まることも多いという。本日のお相手はライターの上野友行さん。裏社会に精通しており、『闇金ウシジマくん』にアドバイザーとして関わって以降、今も取材協力を惜しまない。この日も現在進行中の取材場所の相談をしつつ、ヤバい話を色々と。

 危険を冒しつつも取材に出向く真鍋さん。『九条の大罪』では弁護士を徹底取材したというけれど、そもそもなぜ弁護士の物語を描こうと思ったんだろう。

「『ウシジマくん』は犯罪者側で描いていた作品なので、読者層も描く範囲も限られてしまうなあという思いがあったんです。取材中に、輩が〝動きの良い弁護士〟の話をしていたのが頭に残っていて、いつか弁護士を題材に日本の現状が描けるかなと思っていました。それで連載が決まってから100人以上の弁護士に会ったんですけど、ヤクザの弁護をする人が少なくて。色がついてしまうからやりたがらないんだそうです。それで例の〝動きの良い弁護士〟を紹介してもらったら、話がめちゃくちゃ面白くて」

描く前に、まずは現場へ。
取材時に撮った写真や住人への聞き込みが生かされている部屋。どーんとコマが割られているのもインパクト大だ。「写真はそのまま使えないので、描くときは作り込みます。部屋の絵に限らず全体のコマ割りが大きいのは、スマホで読んでもらうことが増えたから。長くダラダラ描くこともできますけど、できるだけ無駄を省いてギュッとさせています。それでもかなりの情報量があると思いますよ。ちなみに海外での翻訳も多いので、横文字の台詞にも対応できるよう、吹き出しは丸くしています」

 確かに主題が闇金から弁護士に変わったことで、物語の受け皿が大きくなった気がする。変わらないのは、非道な行為を描きつつも救いが感じられる点だ。「人そのものを描きたいんですよね。みんなもう耐えられないんじゃないかなって思ったんですよ。困ってる人が多いなって。生き方は一つしかないと思い込んで、追い詰められてる人っているじゃないですか。個々の生活圏内は狭いし、ニュースで物事を知るから、考え方も偏っていると思うんです。でもちょっとだけマインドを変えれば、実はそんなに大変なことはないんだよって。おこがましいかもしれないですけど、救われるヒントを描けたらって思ってるんです」

 風俗で働く元AV嬢、ぴえんちゃんの人生は壮絶だ。でも徹底的に描くから、生き様が突き刺さる。危うい社会のなかで、その姿に照らされる人がきっといる。リアルを求め、真鍋さんは現場へ向かう。「今気になってるのは富豪ですね。他にもいろんな機関の取材をしてます。マジでヤバいんですよ。実は面白いことがいっぱい起こってるのに、みんな知らない。まだ顕在化していない鬱屈とした現実もたくさんある。そういう、まだ描かれていないものを描けたらと思っています」

現在進行形な悪人像は、観察の賜物。
半グレ・壬生憲剛のマッチョ感、シャツから覗く入れ墨の黒い柄は超リアル。「実際に会ったときに時計やアクセサリーを観察しています。自分の電話番号も覚えられないのに、こういう記憶力はいいんですよ。完全デジタルなので、入れ墨も小物類も一回描けばデータをはめ込める。昔は時間に配慮してできなかったけど、今はかなりディテールを描き込めるようになりました。〈Stop Light Co〉というブランドのアクセサリーが好きで、よく登場させてます」

真鍋昌平
Shohei Manabe

まなべ・しょうへい|1971年、神奈川県生まれ。1998年『憂鬱滑り台』でデビュー。2004年『ビッグコミックスピリッツ』で『闇金ウシジマくん』連載開始。現在同誌にて『九条の大罪』連載中。MBS、TBSドラマイズムにて『闇金ウシジマくん外伝 闇金サイハラさん』放送中。

インフォメーション

九条の大罪

真鍋昌平 小学館2020年〜連載中既刊6巻
ヤクザや前科持ちを依頼人に持つ弁護士、九条間人。バツイチ子持ち、ビルの屋上でテント生活をしながら、イソ弁の烏丸とともに依頼人の弁護をしている。舞い込むのは、轢き逃げをした半グレ、ホストを殺した風俗嬢などが持ち込む、きなくさい案件ばかり。正義とは何か、法律とは何か、激しく倫理観を揺さぶられる人間ドラマ。7巻は11月頃発売予定。