ライフスタイル
【#1】もう会うこともない
2022年4月12日
text & illustration: Reiji Fukitsu
edit: Yukako Kazuno
「ほら、逢っている時はなんとも思わないけど、別れたあとで妙に思い出すひとがいますね。そういう女でしたよ…あれは。」これは、「男はつらいよ〜寅次郎勿忘草〜」の映画のポスターにポツンと書かれている言葉です。
私にも、そういう女がいました。彼女の名はドゥネイス・カポテ。略してドゥネ。声がかなり低く、肌は褐色で、スラッと背の高い、綺麗な女性でした。彼女は、私が2017年にキューバで住んでいた家の大家さんに雇われていたハウスキーパーでした。日中、大家さんが仕事に行っている間、大家さんのベッドで昼寝をするのがドゥネの日課でした。そして大家が仕事から帰ってきたら、すかさず眠っているドゥネを叩き起こすのが私の仕事でした。

ドゥネには口癖がありました。鍋をかき回したり床を拭いたりしながら「コニョ!」と呟きます。私が「それはなんという意味か?」と尋ねると、ドゥネは手で女性器の形を作って私に示してくれました。
彼女と一度バスに乗ってダウンタウンまでアイスクリームを食べに行ったことがありました。普段、大家さんの家には、大家さんの息子やおじいさんがいたので、あれはドゥネと2人きりで過ごせるはじめてのチャンスでした。しかし、巨大なアイスクリームショップに着くと、おしゃべりなおばあさんと相席になってしまい、結局3人で話すことになって私はガッカリしてしまいました。もちろんドゥネは別にガッカリする様子もなく、お皿に山盛りのアイスを何度もおかわりしていました。その時、ドゥネとおばあさんが食べていたアイスクリームの数は今でも覚えていて、おばあさんが10個、ドゥネが15個でした。
キューバでは一般の人がWi-Fiをなかなか使えないようなしくみなので、今もドゥネに連絡を取ることができません。連絡先もわかりません。連絡しなくても、朝起きたら一階からドゥネの歌が聞こえてくるような日々でした。そして彼女はインターネットをしたことがなかったと思います。
今思い出すのは、仕事が終わると真っ黒いポニーテールの「つけ毛」を装着して家に帰って行くドゥネ。ペンキ塗り職人の小柄な男と仲よく歩くドゥネ。金のフープピアスやでっかいサングラス、一緒につけたアイシャドウ、透明なルージュ。私たちは二人で毎日大笑いしたのに、何をあんなに笑っていたのかはもう思い出せません。キューバの日々そのものが遥か彼方のことのようです。
しかし、連絡が取れない、ということは、カナシいことではないかもしれません。海の向こうに、ドゥネがいるということこそが重要で、私を愉快にさせてくれます。これは星の王子様の受け売りですがね。
現在日本は夜中の3時15分。ということはキューバは昼の2時15分です。今頃ドゥネが豆のスープの鍋をかき回している頃でしょう。私は海の向こうで「コニョ!」とつぶやいている彼女を思い浮かべています。
プロフィール
不吉霊二
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