ライフスタイル

僕が住む町の話。Vol.7/文・片桐はいり

東京すみっコぐらし

2022年1月8日

cover design: Eiko Sasaki
text&photo: Hairi Katagiri

ねえねえボリ君さ、大森生まれで大森育ちでしょ?んで、大森にご実家あってこーして大森で働いてるのにさ、なんで⻄荻に引っ越した?彼女の事情?ふうん。

めんどくさくない?わざわざ東京のまん中通ってかようの。渋谷とか新宿とか、人がごちゃまんといるところを毎日さ。わたしなんて、去年自粛になってからほんっと都会に出なくなっちゃった。都会っていうか、若いもんの町?まあ、自分が若い時から若いもんの町が苦手なんだけどさ。

ハマモっちゃんも結婚したら、調布の方に越したよね。やっぱり奥さんがそっちの方がいいって。大森で子育てするイメージわかないって。女子に人気がない町なのかね大森?おしゃれとはほど遠い感じ?

ま、たしかに古くさい町ですよ。かといって、レトロォとか昭和ぁとか言うほどこじゃれてもないし、なーんか中途半端。なんでわたしここ、居心地いいんだろ?生まれてから一歩も出たことない。東京のすみっコぐらし、もうオーバー半世紀。

そう、すみっコなのよ大田区。東は東京湾、⻄から南は多摩川、東京の東南の角。いいでしょ?東南角。なんか陽あたり良い感じするじゃない?

そのうえさ、羽田空港あってさ、品川駅もすぐでさ、出口に近いわけ。どこかに出かけようと思うとすっごく便利なわけ。風通しいいわけよ。そうそう、わたし映画館でも座るのはたいてい出口近辺。なんかすぐ逃げ出せるところがおちつくんだな。

ていうかさ、この東京で主要乗り換え駅でもなくて、おっきな繁華街があるわけでもない地味ぃな駅の駅前に映画館があるなんて、今やもう大森だけだからね!

あ、ミニシアターじゃなくて封切館ね。ここキネカ大森は名画座とか単館系の作品もやってるからミニシアターと思われがちだけど、ロードショー劇場ですからね一応。日本全国どこ探したってめったに残ってないはずよ、こんな単一路線の駅前に封切館。その昔はどの駅にもあったのに。もうこれは“奇跡” と言っていい!

って働いてる人に力説してもしょうがないけど。わたしはさ、1984年に開館してからもう足かけ37年通ってる古株だから。ここ10年は映画観に来るたんびにチケットもぎったりおそうじしたり、スタッフのふりして遊ばせてもらってるけど、まあこの劇場でいちばん大きな顔してる常連だわね。支配人やスタッフがいくら入れ替わっても、片桐は劇場にくっついて来ちゃうから。もう消費税みたいなもんだと思ってあきらめて。

そうそう、こないださ「14歳の栞」って映画観て、みんなできゃあきゃあ感想大会したじゃない?そん時ボリ君たちが「14歳、懐かしい… 10年前かあ」とか「私もうすぐ20年前になっちゃう〜!」とか騒いでて、ひっくり返りそうになっちゃった。わたし14歳、44年前だからね。でもそんなこと、考えたこともなかった。いっつもフツーにみんなと映画の話ししたり、飲みに行ったり、一緒にオールナイト行ったりしてたから、フツーに、ともだち感覚で。

それって、ここならではってこと?キネカだから?大森だからってこと?ま、わたしも相当変なのは認めるけど、でもこれが都会のシネコンだったらさ、50代の人間なんて絶対入りこめないよ。

キネカ大森、客層も色とりどりだもんね。『ドラえもん』のお子たちから、ドキュメンタリー好きのシルバーの方々まで。名画座やホラー特集にすっぱい感じのマニアが集うかと思えば、インド映画やると劇場中カレーのにおいで日本語通じない時もあるもんね。

かける映画も節操なさすぎ!もう色とりどりすぎて、逆に劇場の色がなくなっちゃってるっていう…。こんなラインナップ、都心じゃ成立しません!そうなのよ。これこそ大森ならでは、すみっコならではなのよ。

なんか、吹き溜まっちゃうんだろうね、いろんなものが、すみっコに、この東京の片隅に。でもほら、なんつったって陽あたりがいい、明るい方のすみっコだからさ。すんごい極悪なものとか、とびきりとんがったようなものは流れて来ないわけよ。そんなかっこいい、荒んだ町みたいなことにはならないわけ。なんか、まん中の方でいらなくなった、なーんてことない余計なものが、なーんとなく吹き溜まってる。ぼんやり、ぬくぬく、映画も、人も。そんな感じ?

たしかに、ボリ君たちみたいにさ、これから映画監督になろうって人は出ていくのが正解かもね。昔ある監督さんに言われたな「生まれた町を出たことがない俳優なんてろくなもんじゃない!」って。

わたしはもういいよ。陽あたり良くて風通しの良いところが好きなんだから。なーんてことないものに囲まれて、ぼんやり生きていきますよ、これまでも、これからも……ぬあんてだらだらしゃべってたらたいへん!3号館エンドロール終わってる!

本日はご来場ありがとうございました!お出口こちらになります。またのお越しを心より、心よりお待ちしております!

PROFILE

片桐はいり

かたぎり・はいり|俳優。1963年、東京都生まれ。大学在学中に劇団に入団し舞台デビュー。その後、舞台、映画、テレビなどで幅広く活躍。主な出演作に、映画『かもめ食堂』、ドラマ『あまちゃん』など。著書に『わたしのマトカ』『グアテマラの弟』『もぎりよ今夜も有難う』(すべて幻冬舎文庫)。

近日公開の出演作に、映画『ウェディング・ハイ』(3月12日〜)、NHK 連続テレビ小説「ちむどんどん」(2022年春放送予定)など。

2月6日(日)の「ウィークエンド・ムービー・フェス@OTA」では片桐はいりさんが登壇予定。文中にも登場したキネカ大森だけで観られるショートムービー「もぎりさん」から4話上映するだけでなく、片桐さんが特別審査員として参加する「地元自慢動画コンテスト」も1月10日まで作品募集中。まだ間に合う!https://www.o-2.jp/wmf/