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Hermès / A LITTLE JOURNEY IN MIYAKOJIMA Vol.3

「海のように黒い藍」をめぐる旅の記録

2021年10月19日

photo: Masumi Ishida
title lettering: Aona Hayashi
text: Ryoko Iino

藍を使った書に挑む。
藍色はやっぱり宮古の海に似ていた。

 その日の夜。新城さんは「藍を使うのは楽しみでもあるし、いざ向き合うとなると怖さもある」と、ゆっくり心の準備をしながら、新作に取り掛かった。砂川さんから譲り受けた泥藍を溶くために合わせたのは、発酵にも使われていた泡盛。この2つを注いだ器を火にかけて筆を沈めると、たちまち青い炎が上がり、新城さんはその筆を強く紙に押し当てた。さながらそれは儀式の様相だ。

制作はいつも夜のほうが集中できるという新城さん。自身を整えた状態から「吐き出したものが一番作りたい」のだという。

 新城さんがまず初めに描いたのは、丸。

「池に石を投げたら、それがどんなに四角い石でも丸い波紋が広がるように、自然は丸を作ることができる。描くときは無の状態でいたいから、いつも丸から描くことで、自分の身体を水の波紋の意識にチューニングしているんです」

 そうして丸をなぞっていた新城さんの筆は、突然何かに突き動かされたように自由に線を描き始めた。それはまさしく「旅」。新城さんは力尽きるまで、何度もその言葉を描いていた。気がつけば時刻はゆうに丑三つ時を越えていた。

 明くる日。新城さんは、朝の清々しい光の中で昨晩の作品を振り返る。

「これはこれで綺麗な色だけど、美恵子さんの藍の色には程遠い。彼女の深い色は、何度も重ねて染めたものではあるけれど、人としての深さもそこには出ていると思うんです。宮古の海は遠くに行くほどだんだん青が濃く、黒くなっていくのだけれど、それに例えると僕がいるのは浅瀬。深いところに潜って大きな魚を獲るには、やっぱりいろんな経験や時間が必要で、リスペクトを持って接しても、藍はすべてを見透かしているんだと思いました。むしろ黒い深い色が簡単に出せなくて、よかった。目指すべきところが増えました。旅は終わったどころか、むしろ始まったような感覚です」

描いた作品は、壁に貼って初めて完成する。

 そう話す新城さんはこの旅でもう一つ感じたことがあるという。

「美恵子さんが藍に出合ってあの色が生まれ、それを僕が頂いたことで僕の人生にも新しいストーリーが始まった。そこに命の循環を感じたし、自分はこう生かされているんだっていうのがわかった気がします。だから、僕の作品も誰かの旅に繋がると嬉しい。自分の旅が人の人生の旅にも関われる。表現をするってことは、そういうものだと思います」

「旅は旅をする人が作るもの」。沢木耕太郎がそう語ったのは、旅には始まりと終わりがあるからだ。氏は同じエッセーの冒頭で旅を「途上にあること」とも定義した。新城さんの旅のゴールが深い藍色だとしたら、確かに彼の旅は「始まった」ところなのかもしれない。そんなことを考えながら、新城さんと別れて飛行機に乗った。離陸して窓の外を見ると、確かに宮古島の海は深い藍色をしていた。

この旅の相棒となったのは、“標高”と名のついたカーフレザーのマウンテンブーツ。宮古島には山はないが、志は高く。¥234,300(エルメス/エルメスジャポン☎03·3569·3300)

プロフィール

新城大地郎

しんじょう・だいちろう|書道家。1992年生まれ。禅僧であり民俗学者でもある祖父を持ち、禅や仏教文化に親しみながら幼少より書道を始める。「書道家の肩書はあまりしっくりこない」と新城さん。型に縛られないコンテンポラリーな表現をする。旅好きであり、以前は筆と墨を持って世界各国を旅していた。

HUMAN ODYSSEY -それは、創造を巡る旅。-

2021年は「HUMAN ODYSSEY」を年間テーマに、様々な表現をしてきた〈エルメス〉。10月15日より公開されるドキュメンタリームービー『HUMAN ODYSSEY -それは、創造を巡る旅。-』では、形は違えど創作に向き合う7人のクリエイターが、創造に生きる何かを求め、日本各地のクラフトマンを訪ねる。出演は新城さんの他、俳優・池松壮亮、建築家・田根剛、ロボットクリエイター・高橋智隆、ミュージシャン・井口理、写真家・木村和平、シェフ・目黒浩太郎。監督をつとめたのは、25歳の若き映画監督・奥山大史。公式サイトで毎週1本ずつ公開される。㉄エルメスジャポン