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Hermès / A LITTLE JOURNEY IN MIYAKOJIMA Vol.2

「海のように黒い藍」をめぐる旅の記録

2021年10月19日

photo: Masumi Ishida
title lettering: Aona Hayashi
text: Ryoko Iino

宮古上布作家・砂川美恵子さんの元へ。
藍は愛に通ずる。

 反物の世界では「東の越後、西の宮古」と呼ばれ、価値がついている宮古上布。上布とは麻の織物のことで、宮古上布はを使うのが特徴だ。糸も染料もすべて地元で栽培された天然もので、染めや織り上げも、この島の職人の手仕事。それゆえ完成に数年かかることも珍しくないそうだが、織り上がった生地は光沢を帯びて美しい。しかしながら、そこにはネガティブな歴史もあるのだと新城さんはいう。聞けば宮古島が琉球王国に統治されていた時代、人頭税として搾取されていたのがこの宮古上布。その悪税が続いた1630年代から1902年までの間、島のアイデンティティも奪われてしまった。新城さんが「自分の本質はどこにあるのか」と考える背景の根本には、この悲しい史実があったのだ。新城さんは、その苦しい時代にも地元民の心の拠り所となった聖地「漲水御嶽 (はりみずうたき)」に手を合わせ、砂川さんが待つ畑へ向かった。

収穫を終えて休憩。砂川さんは、普段から仲間たちとお茶や手製のお菓子を持ち寄って畑作業をするとか。「新月の夜は波の音を聞きながら星を見たり、満月には友達と砂浜にむしろを敷いて寝そべってお茶を飲んだりしているんです」と大事にしている習慣を教えてくれた。

「ここで育てているのはインド藍。蓼藍や琉球藍もあるのだけれど、宮古の風土にはこれが合っているんです。色にも違いがあってね、例えば琉球藍は赤っぽく、インド藍は黒っぽい。好みはそれぞれだけれど、私はどの藍も好き」

 藍の種類についてこう教えてくれた砂川さんは、22歳の頃から宮古上布作りをしている。この世界は分業型が一般的だが、当初から藍を育てたいと思っていた彼女は、32歳でまだ宮古島になかったインド藍に出合い、八重山に住む友人からその苗と育て方を譲り受け、自ら栽培を始めた。「藍は愛に通ずるね」と、藍にも人にも優しい砂川さんの手ほどきを受け、新城さんも収穫に挑戦。緑に茂ったインド藍を前に「ここから藍色に変わると思うと、自然の力を感じる」。

収穫を手伝う新城さん。「純粋に色としても藍色に惹かれるのだけれど、なんでだろう」と話す新城さんに、砂川さんは「きっと自然なものだから。自然なものにはかなわないよね」。

 収穫を終えると、砂川さんの工房「相思樹」へ。染料作りは収穫したその日のうちに始まる。工程は以下のとおり。まず藍の葉を足で踏み、そのまま水に24時間漬けて緑色の液を作る。葉を捨てたその液に石灰を入れて攪拌し、泥状にする。そして、その泥藍に灰汁を混ぜ、泡盛と黒砂糖を足し、10日ほど発酵。最後の工程を「藍を建てる」といい、藍がめの中央に「藍の華」と呼ばれる泡が湧くと、宮古上布の染料として完成する。ただ、「藍は生き物」ゆえ、このとおりに作業が進むとは限らない。自然環境にも左右され、葬式に参列した際は、藍を作る人間も触るのを控えなければならないのだという。宮古上布は島の歴史の象徴であり、それを染める藍もまた、この島独自の自然観や宗教観を表す存在なのだと知る。

 この日は藍を踏みつける作業まで行うと、新城さんはすでに完成した藍で染めを体験。優しく手にした糸をかめに沈め、上げてパンパンと張る。糸は緑色から、空気に触れて瞬く間に青色に変わった。これには新城さんも「見えない何かが存在していて、僕もその自然の力に生かされていることをあらためて感じます」と感動。この染めを繰り返すことで、藍色は深くなり、黒に近づくそうだ。

 最後に砂川さんは、過去に製作した着物を見せてくれた。琉球の王家の者しか身につけることが許されなかった柄を、自身が図案を描いて再現したものだという。

砂川さんが再現した、琉球王家が身につけていた柄の着物。「昔の柄を織ると、それをもともと織っていた昔の人と繋がっているような気持ちになるんです」

「私のおばあが幼い頃、彼女のお母さんが『あなたが大きくなった頃には人頭税がなくなっていたらいいのに』と泣いていたそうです。でも、美しいものは美しい。形を変えて今にも伝える工夫ができたらいいですね。だから新城さんがいてくれてよかった」

 そして砂川さんは「これを使って。頑張ってくださいね」と、タッパーにいっぱいの泥藍を持たせてくれた。そのずっしりとした泥藍にいろんな重さを感じつつ、新城さんはアトリエへと帰った。

砂川さんから頂いた泥藍は動物的なにおい。「市販の墨って香料を混ぜているけれど、それも本来はこういう香りなんだと思います。生きてる感じがする」と新城さん。

プロフィール

新城大地郎

しんじょう・だいちろう|書道家。1992年生まれ。禅僧であり民俗学者でもある祖父を持ち、禅や仏教文化に親しみながら幼少より書道を始める。「書道家の肩書はあまりしっくりこない」と新城さん。型に縛られないコンテンポラリーな表現をする。旅好きであり、以前は筆と墨を持って世界各国を旅していた。

HUMAN ODYSSEY -それは、創造を巡る旅。-

2021年は「HUMAN ODYSSEY」を年間テーマに、様々な表現をしてきた〈エルメス〉。10月15日より公開されるドキュメンタリームービー『HUMAN ODYSSEY -それは、創造を巡る旅。-』では、形は違えど創作に向き合う7人のクリエイターが、創造に生きる何かを求め、日本各地のクラフトマンを訪ねる。出演は新城さんの他、俳優・池松壮亮、建築家・田根剛、ロボットクリエイター・高橋智隆、ミュージシャン・井口理、写真家・木村和平、シェフ・目黒浩太郎。監督をつとめたのは、25歳の若き映画監督・奥山大史。公式サイトで毎週1本ずつ公開される。㉄エルメスジャポン

Vol.3に続く。