カルチャー
【追悼】二十歳のとき、何をしていたか?/立花隆
2021年7月17日
photo: Takeshi Abe
text: Ken Miyamoto
2017年3月 839号初出
ポパイ本誌の連載『二十歳のとき、何をしていたか?』は、東京大学の「調べて書く」というゼミナールの延長で出版された『二十歳のころ』という本がきっかけで生まれた企画だ。そのゼミを主催していたのが4月30日に逝去されたジャーナリストの立花隆さん。2017年、ポパイでこの特集を始めるにあたって、まず立花隆さんの二十歳のころについてインタビューをした。今回はその記事を再掲載します。(記事中の年齢・年代などは掲載時のまま)
ヨーロッパで参加した市民運動が、立花青年の意識を変えて、ジャーナリスト前夜へと繋がる。
この特集「二十歳のとき、何をしていたか?」を作るきっかけになった『二十歳のころ』という本がある。1996年、ジャーナリストの立花隆さんが東京大学で主催していた「調べて書く」というゼミナールの延長で出版された本だ。ゼミ生たちが会いたい人に「二十歳のころなにをしていたか」をインタビューし、執筆するという内容。水木しげる、山田太一、横尾忠則、大江健三郎など、そうそうたるメンバーを取材している。いろいろな人の二十歳の話をいくつも読むうちに、もっと真剣に仕事をしないといけないと考えたり、これは悩みすぎてもしょうがないと安心したり、見えていなかった世界がちょっとずつ広がっていくようで、下手な小説を読むよりよっぽど面白いし、下手な講義よりずっとためになる一冊だ。20年以上前にこのアイデアを思いつき実行した、当人の二十歳の頃をまずは知りたいと思った。
小石川にある事務所、通称・ネコビルを訪れると、無数の本と新聞紙に囲まれた立花隆さんがいた。
『田中角栄研究』『宇宙からの帰還』『青春漂流』など、数々の名著を執筆してきた知の巨人は、「どうぞ」とだけ言って、こちらの質問を待っていた。頭が一瞬、真っ白になる。そこで「まずは二十歳の誕生日の話を聞くといい」という実用的なアドバイスが『二十歳のころ』に書いてあったのを思い出し、最初にその質問をぶつけてみた。
「二十歳の誕生日はフランスで迎えました」
すぐにその理由を聞こうとしたけれど、予想とは裏腹に戦後の日本の歴史についての話が始まった。
「世界で2番目に原爆が落ちた長崎で生まれたというのが、僕の人生に大きな影響を与えているんです。でも、日本が占領されている間は情報をコントロールされていて、ヒロシマ、ナガサキの被害の大きさを一般市民が知るのは戦後すぐではない。実情を知るのは終戦の7年後、『アサヒグラフ』の原爆特集が出版されたときです。12歳の僕はそこで被爆した方々や被爆地の写真を初めて見て、本当に衝撃を受けました」
それから、原爆と水爆の違い、戦後にどれだけ情報の統制が行われていたか、その中でどのように日本人が原爆の記憶を繋いでいたかなど、脳がパンクするほどの情報量がノンストップで流れ出てきた。話題の広がり方が縦横無尽で、立花さんの脳内で迷子になりかけ、すべてが二十歳の行動に繋がっているとわかるのは、もう少しあとだった。
「1954年にビキニ水爆事件で放射能をあびた第五福竜丸の船員が亡くなり、それをきっかけに日本で原水爆禁止運動が広がりました。僕も大学に入ると同時に原水禁運動にのめりこみ、世界では原爆の実情がまったく知られていない事実を目の当たりにしたんです。それで友人と『原水爆禁止世界アッピール運動推進委員会』を結成し、広島で行われてた第五回原水爆禁止世界大会に参加しました。原爆のことを世界に知ってもらうために、広島の大会に来ている世界の代表団に、土門拳の写真集『ヒロシマ』と映画、新藤兼人の『原爆の子』、日教組が中心に作った『ひろしま』、ドキュメンタリー作家の亀井文夫の『世界は恐怖する』の3本を持って、貴国を訪れたいという趣意書を配って歩いたんです。すると、イギリスでオルダーマストン・マーチという、日本以外で初めて開かれた核反対運動を行っていた組織から、ロンドンで世界初の国際学生青年核軍縮会議をやる。それに参加するなら、その間の宿泊費と食費は世話しますと招請状が来た。それに応じてヨーロッパに行こうとしたわけです」
当時、学生が海外に行くのはほぼ不可能で、政治家が海外に行っただけで新聞に載るような時代。立花さんはどのように海外への切符を手に入れたのだろう。
「それを詳しく話すと、さらに2時間くらいかかっちゃいますよ。そんな時間ないでしょ?(笑)」
ひとつの物事を説明するときに、事実関係や背景をすべて語らないことには真意が伝えられない。ジャーナリストとしての性分がそれを許さないのか「ものすごく簡単に言うと」という前置きで話してくれた。
「第1に大義名分。第2に、先方から招かれていることを証明する招請状。第3に渡航費。この3つが不可欠だった。渡航費は今のお金に換算すると、数百万円。友人、知人から募ったカンパだけではまったく足りない。そこで、帰国後、読売新聞の独占ニュースにする約束で、足りないお金を出してもらいました。ヨーロッパ旅行は全部で半年だったのですが、その過程で二十歳の誕生日を迎えたんです」
ヨーロッパ旅行を経て、確信犯的アウトサイダーに。
普通に生きているだけなら、知らなくても生きていける“本当のこと”を見逃さない姿勢と行動力。ノンフィクション作家として、未知の世界を僕らに見せてくれた立花さんの原点が垣間見えた。二十歳の立花さんを突き動かしていた気持ちはなんだったのだろう。
「やむにやまれぬ気持ちですよ。世界中のほとんどの人がこの現状を知らないことへの怒り。あとは、私の本に書いてあるとおりですよ」
と言ってニヤリと笑った。それについても語りだしたら、さらに3時間はかかるぞ、という意味なのか、ライターならもう本を読んでるでしょう、というすべてを見透かした笑みなのか未だにわからない。ヨーロッパから帰国したあとの立花さんの感想については『二十歳のころ』から抜粋しよう。
「(……)ヨーロッパ体験によって、確信犯的個人主義になったわけです。他の人が何をしようと、自分は自分、自分を個人として強固な人間にして、自分がやりたいことは徹底的にやる、やりたくないことは絶対にやらない人間になろうと決めて、その通りになったということです」
その言葉のとおり、大学卒業後、文藝春秋に就職するも、2年で退職。東京大学文学部哲学科に入り直し、在学中からフリーのジャーナリストとして執筆を開始。もう一度、立花さんの言葉を借りると、ヨーロッパの体験を経て、「本当のクリティック(批判者)であるため、確信犯的アウトサイダーになった」わけだ。その後、半世紀以上、ジャーナリストとして活動してきた立花さんが、当時の自分を見て何を思うのだろう。
「二十歳の頃はやればなんとかなる、社会を動かせるという希望を持っていましたけど、今はやり続けるほど、努力に対しての効能の低さに絶望を感じていますね。若い人に希望を持たせることはなにも言えないですよ」
“確信犯的アウトサイダー”として厳しいことを言う半面、教師として優しい顔を見せることもあった。
「ひとつ言えるのは、多くの人間関係を作って、度々変な人に騙されること。胸をなでおろす経験が何度かあると、心から学んで、取り返しのつかない失敗は少なくなる。人生は悪い出会いと良い出会いがぐちゃぐちゃに混在しているから、とにかくいろいろな人に会うことですね」
好奇心と行動力は感染する。絶望しかないという世界に、二十歳の頃から少しでも光をあてようとしてきた立花さんの姿を見て、無性に勉強をしたくなった。『二十歳のころ』を作った立花さんはそれを知っていたのかもしれない。
プロフィール
立花隆
たちばな・たかし|1940年、長崎県生まれ。ジャーナリスト。文藝春秋に就職するも2年後に退職。再び東京大学に入学し、在学中から執筆活動を開始。
取材メモ
書斎にテレビがあったので、どんな番組を見ているのか聞いてみると、ニュースの他、僕たちが来る直前まで、沢口靖子主演の『科捜研の女』を見ていたと聞いて、なぜか少しだけホッとした。
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