TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#4】FASHIONをPLAYしよう

執筆:井野口 匡 / 国士文通省

2026年1月31日

今回のテキストは、週1、仕事帰りにご飯を食べて帰る、ニューアルバムというお店の壁を見ながら、構想を練りました。この店は、とにかく居心地が良くて、最高です。ここで、ご飯を食べて、調子が良ければ、Telas&micoという屋台にも寄って帰ります。どちらも、店の人が狂ってて、しっくり来ます。福岡に来られた際は、是非、お立ち寄りください。

福岡県福岡市中央区警固で FASHION PLAYER という店をやっている、国士文通省こと、限界ダイエットおっさん、GDOこと、ださまさしこと、MRCY a.k.a IKAこと、マァシィこと、井野口 匡がお送り致します。趣味は、ポケモンカードバトルとストリートファイター6です。アークレイダースも始めました。来月、CL福岡というポケモンカードの大型大会に出るので、デッキ構築のリサーチが、最近の遊びです。好きなカードショップは、トレカキャンプです。

これまでの連載を読んでない方は、急過ぎる展開にびっくりするかと思いますので、是非、過去のものをお読みください。

それでは、何卒。

服を着るという行為の意味は、時代と共に何度も変わってきた。
そして、今、FASHION PLAYERが目指しているのは、服を自分で価値判断する人々を集めることだ。

服の意味は変わり続けて来た

これまでの連載で述べてきたように、日本人の服装文化は、国家のルール、産業の構造、若者文化の熱量と共に変化してきた。明治の洋装化による強制的な近代化、戦後のアメリカ古着の流入、80〜90年代の産業としてのファッション、日本独自の古着文化の深化。21世紀に入り、SNSとアーカイブ文化によって、服の意味は加速度的に情報化された。

こうして、服=意味=情報=判断材料という構造が成立し、結果的に、何を着るべきかが分からない時代が到来した。正解など、そもそもないのに、正解を探している。

服がわからなくなった時代

現代は、服の情報が多すぎる。背景、年代、ブランド史、アーカイブ、相場、スタイリング。知れば知るほど、何を着ればいいのか分からないという状態に陥る。

服は本来、もっと単純なものだったはずだ。寒さを防ぐ、動きやすくする、自分を表す。それがいつの間にか、正解を当てるゲームのようになってしまった。

FASHION PLAYERの立ち位置

FASHION PLAYERは、単なる服屋ではない。それは、服を着ることそのものを再定義し自分で考え、価値判断を行い、それを共有するコミュニティである。

古着という物理的な衣服を扱う場所であり、服の意味や背景、物語を語り合う場であり、服を媒体に自己理解を深める経験値を積むゲームでもある。

ただ服を売る・買う・預けるだけではなく、自分で着ること、自分を着ることを主体に据えるための環境として機能している。

価値判断の主体を取り戻す

今日のファッションは、ブランドやトレンド、SNSのイメージ、過去の価値解釈(アーカイブ)によって、判断軸が複雑化している。こうした価値の多重化は、一見豊かだが、同時に迷路でもある。FASHION PLAYERは、そうした多種多様の価値をいったん横に置き、自分が何を感じ、何を選び、何を着るのかを問い直すことを促す場だ。

プレーヤーという考え方

FASHION PLAYERという言葉を使っているのは、ファッションを、ゲームとして捉えているからだ。人は、生まれながら、服を着ることを義務化されており、着ているものを見て、何かを判断されている。とても理不尽で、とても建前的な行為でもある。言い方を変えて、しっくり来るかは分からないけど、生まれた瞬間から、ファッションブランドを強制的に始めさせられているようなものだ。興味があってもなくても、記号を扱わなければならない。そんなゲーム。ただ、ここで言うゲームとは、勝ち負けや優劣ではない。試行錯誤しながら、自分の理解度を上げていく行為、そのものを指している。失敗してもいい、途中で変わってもいい、他人と違ってもいい。どちらかと言うと、建前的なものを理解して、ひっくり返すような遊びとしてプレーする。服を着ることで、自分がどう変わるのかを観察する。それが、このゲームの本質だ。

服託択宅(ふくたく)というサービス

服を経験せよ。たくさん着替えて、試して、自分の中に見識や感覚を貯めていき、それをファッション、服として解釈して、その他の判断にも応用せよ。ある種、このFASHION PLAYERというゲームは、着ることの経験値を重要視している。それが、自分で価値を判断するための道標となるから。

ただ、これまでの人類は、同じような問題に差し掛かる。若いうちの瑞々しい感性で、服を試していった先に、クローゼットがパンパンに膨れ上がることや、世の中のブランドや、メーカー、企業が作り出す服や、コンテンツは、服を着ることの経験値の高い人から見ると、買うに着るに及ばないものが生み出され続ける事実。将来設計から考える上での、経済のやりくり。

服を買わない理由は、たくさんある。このような問題を解決しなければ、服を着る楽しみを、本当の意味で永続的に人類が享受するのは、難しいと思う。めちゃくちゃなお金持ちになって、服を捨てたり、あげたり、テキトーな金額で売りに出したいですか? はたまた、還元効率が良い、分かりやすいブランドばかり、身につけたいですか? みんなが、服を着る楽しみ、FASHION PLAYERというゲームを快適にプレーするために、服託択宅(ふくたく)というサービスを提供している。これは、インフラとして、リユースショップの査定額の低さ、フリマアプリの煩雑さの両方を解消して、クローゼットを適正に保ちながら、服の出入りに柔軟性を与えるための仕組みです。セカストとメルカリが当たり前になった時代のスキマに生まれたサービス。プロフィールのリンクから、お問い合わせください。

裏原世代、その後のファッションを雑誌で経験してた俺ら、若者が、おじさんになった時代の服屋

人のことを考える時に、世代として考えるのが妥当性が高い。ある国、ある年代に生まれた集合的な人種。これまでの連載で述べて来た、日本という国が経験してきた歴史。インターネット、iPhone、ZOZOのような通販サイトが、まだなかった時代に、バブルが弾ける前の経済成長を迎え、大量消費、大量生産の中で、服を経験して来た人種。その経験があって、裏原のような特異な現象が生まれた。おそらく、数百年後から振り返ると、人類史の中でも、とても特異的な服装史を作ったのが、日本という国だと思う。多感な時期に、雑誌のようなマスメディアで、共通の価値観を育みながらも、たくさんの服装経験をして来た我々。

先ほどの、服託択宅(ふくたく)の問題点として、あげた項目に該当しながらも、我々の世代は、服を着る楽しみを知っている。ただ、このような経験値の高い服を着る人たちが、40代、おじさん、おばさんになった事例がこれまでない。だから、この世代が楽しめる服屋が世の中に存在しない、もしくは、少なすぎる。FASHION PLAYERは、始まったばかりだけど、我々の時代の服屋として存在したいと思う。服託択宅(ふくたく)というサービスを提供しながら、ファッションらしい表現を求める。さながら、ディズニーランドのような市役所みたいなものかと。

FASHIONという言葉を逆手に取る

FASHION PLAYERは、服を着ること、着る人を題材にしながら、FASHIONという言葉の概念を遊ぶことを考えている。2025年月にお店をオープンしてから、加賀美健さんのフォントでグッズをリリースしたり、2月には、文化ファッション大学院大学の学友のモリオのHELSにFASHIONという文字でデザインしてもらったグッズを出したり、大阪の十四才のPOP UPを予定している。十四才も服とFASHIONを遊んでる、めちゃくちゃ狂ってて好きなお店です。

服は着る人のもの

ブランドでもなく、歴史でもなく、アルゴリズムでもなく。最終的に服の意味を決めるのは、それを着た人自身でしかない。FASHION PLAYERがやっていることは、その当たり前の事実を、もう一度、現実の場で確認することだ。

服を着る、という行為はあまりに日常的で、 その意味について考える機会は、実はほとんどない。この連載では、日本人がどのように服を着てきたのか、服が制度や産業、情報へと変化してきた過程、着ることと、観ることのズレを辿ってきた。

服を着ることは、生きる限り続く行為だ。だからこそ、他人の正解をなぞり続けるのではなく、自分なりの判断を育てていく方が、きっと楽しい。

服は、自分を見せる最古のSNS。SNSがなかった時代のセルフメディア

プロフィール

井野口 匡

いのくち・まさし / 国士文通省|広島大学卒。文化ファッション大学院大学(BFGU)修了。福岡を拠点に、国士文通省名義での表現活動と、FASHION PLAYERという服屋を運営している。 FASHIION PLAYERは、コンテンツとして、PodcastLINEオープンチャット服託択宅(ふくたく)委託/買取サービスを持ち、服を着る生活をゲーム化しようとしている。

Instagram
https://www.instagram.com/kokushibuntsuushowsama/
https://www.instagram.com/pro_fashion_player/