カルチャー

「メーターのないものに突き動かされて」。石井“EC”志津男さんの80年と“ネクスト・ディケイド”/後編

書籍『Tail of Riddim レゲエとストリート・カルチャーの話 1979―2020』刊行記念ロングインタビュー!

photo: Kazuharu Igarashi
text: Fuya Uto
cooperate: Kosuke Ide

2026年1月18日

 1983年に創刊したフリーペーパー『Riddim』の発行人であり、これまでレゲエ専門レーベル「オーバーヒート・ミュージック」代表として、ジャマイカの音楽文化を独自の感性で運んできた石井“EC”志津男さん。後編では、およそ半世紀かけてレゲエと、ジャマイカ人と接するなかで垣間見た“優しさ”の話から。レゲエをあまり知らなくてもぜひ読んでみて欲しい、なんせ今のネット社会や隣人と向き合う上で示唆に富む内容なのだから。

ジャマイカ人から教わった、言葉を超えて“わかり合おうとする”こと。

「誤解を恐れずに言いますが、最初にジャマイカ人をすごいなと思ったのは、『デブに対してデブって言う』ことです。太っている人にファットマン、ファティス、ファッターとか呼び捨てて、そのままニックネームにしちゃうんですよ。人と人との関係が近くないと言えないことで、僕にとっては美しいと思ったんです。音楽やアートの前に、“人間が人間として腹を近くする”という、自分が忘れていたことを思い出させてくれました。もちろん言われて嫌な人もいますが、本来は他の言い方にしているだけで、同じことを受け取っていたりもする。そこに悪意があるかどうか、が問題なわけで。例えば、ビティ・マクリーンだって本名はデルロイ・マクリーンだけど、ビティ=チビを芸名にしてやっていますし、イエローマンもそう。黒人だけど白く生まれるアルビノで、聞けば生まれて間もない頃にどうもゴミ捨て場に捨てられたらしいのですが、そんな自分をネタに歌い、イエローマンという芸名で活動しています。結局アメリカの〈コロンビアレコード〉からもアルバムを出すところまでいったっていうのは、すごいことだと思うんです。そういうことが僕にとってレゲエ然り、ジャマイカ人の素晴らしいところですね」

 言葉を超えて、同地へ何度も通い交流を積み重ねていく内に、教わったこと。93年にイエローマンを日本に招致し一緒にツアーを周りながら、その懐の深さに触れた。何でもオブラートに包んでばかりでは辿り着けない関係性というのは確かにある。自分にとっては、匿名で討論したりディスしたりする、顔が見えないネット社会より、よっぽど健康的に思える。また、昨今の潮流として「そもそも変えようのない身体的なことは相手に口にしないようにする」という考えもある。どう汲み取るかは自分次第だけど、現代においてこうしたテーマは私たちがともに未来を考えるための、より広い視点を与えてくれることは間違いない。

「喧嘩して、ときに殴り合っていたりもしますが、彼らにとっては“わかり合おうとする”方が大切なんですよね。言葉で丁寧に言ってるだけで実はすごく悪意があったりする人が多すぎませんか。本当の部分は言葉ではなく、気持ちの中にあるはずなのに。一方で彼らはすべて自分の力でリリックを書いて歌う。生まれ、育ち、ルーツも全て力に自分の感情を出して、人の拍手を得て生活のお金に変えるんです」

石井さんが偶然、一度だけ撮影した、ダブを発明したレジェンド・King Tubby(キング・タビー)! 場所は彼のスタジオであるファイヤーハウス。

80歳を迎えて立てた「ネクスト・ディケイド」。

 波風が起きようと、伝えたいことをありのまま伝えていい。傷つくこともあるけれど、互いに他者と自分を受け入れ理解していく。本来コミュニケーションとはそういうものなのかもしれない。石井さんの歯に衣着せぬ言葉には、ジャマイカのタフな精神性が垣間見える。「振り返ってみると、10年ぐらいで自分のさまざまなことが少しずつ変わっていることを実感します。場所だったり、考え方だったり」と言う。一年ではなく、そんな10年区切りで見るという自分なりの時間単位のことを「ネクスト・ディケイド」とも。今後はどう考えているのだろう。

「世界初の『ゲイリー・パンター ミュージアム』をやりたいんです。千葉県鴨川の山の上にある、嘉永元年(1848年)に作られた実家の納屋を改装して。まだ日の目を浴びていないドローイング、本、フィギュア、レコードなど……大小さまざまいっぱい持っているので、みんなに紹介できたらいいなと。もちろん途中で命が尽きて出来ないかもしれないけど、それを作りたいって思うことが大事じゃないですか。なんせ僕はゲイリーの大ファンですので」

 2人で一緒に考えた博物館の名前は『GABBLE(ギャブル)』。世界初公開、ゲイリー・パンターがデザインしたロゴがこちら!

アメリカのダラスにある自宅に遊びに行った際に流れで受け取ってきた絵も、特別に見せてくれた。

「若いときから言ってたんだけど、人と接している時間が自分にとって一番嬉しいんですよね。一人で何かを作るアーティストの幸せもあるかもしれないけど、いずれにせよ“社会性”が存在するわけじゃないですか。社会に所属して生きている以上は、切り離さずに、楽しく過ごすべきだと思っています。僕の歳(80歳)になると、同年代や上はだんだんといなくなってきますが、下はいっぱいいますので、彼らと接点があるように生きていて。それが一番大切なんだって、年を取ったら余計わかるんです」

 誰でもいつか死が訪れる。道ですれ違う全く知らない人、少し小話するようになった馴染みの喫茶店の店員、友人や両親、自分にも。普段はあまり深く考えないけれど、腰を据えて対話していくと、言葉はもちろん、だんだんその目や手や声など身体から歩んできた重みが伝わってくる。「社会」は皆んなで作り上げていくものであり、折に触れてこうしたことを感じられたら、きっと優しい世界になる。

「最近、『鴨川でDJやってくれ』とか『今からレコードを持って来られますか』みたいな誘いも増えてきて、何の集まりなのかわからないけど行くんです。一時間ぐらい回して、じゃあ帰るわ、みたいな感じですが、全然いいんですよね。呼んでくれた人も喜んでくれていて、この時間が僕にとっては良いこと。多分、世界中探しても本当に気が合う人っていないかもしれないと思いませんか? 男と女でも、セクシャルが一緒でも。だって、すっごい好きで結婚したけど離婚する場合もいっぱいあるわけで。僕もそうだけど、いつになってもわかんないことで、理解できる部分もあったわけです。だから、100%合わなくてもキープすべきだし、“感じ合うところを探すこと”が大事だと思うんです。世界的に見てもそう。隣の人と仲良くなれば隣の国へ繋がることもあるかもしれないし、そうするには、まず家族を愛さなきゃいけない。特に今の世の中は変ですので。分断とか何とか、おかしいですよ、本当に。もちろん20代の頃は格好良くなりたい、憧れて欲しいとか思ったりしてましたよ。男だから、人間だから。だけど今はかっこよくないけど、“理解がある人間”でありたいですね」

 休日になると、DJだけでなく、55歳から始めたスケートボードで遊ぶ。トリックも全然できないし、やってるうちに入らないというが、そんなのは気にしない。道中もウーハーを積みこんだ愛車で、好きな曲をガンガンかけて楽しむのみ。

 好きで上等。思えば取材前、到着を告げる電話への返答もそれはそれは痺れるものだった。液晶越しに伝わるカラリとした屈託のない声。わずかに口角を上げて話しているであろうその響きは、今も耳の奥に心地よく居座っている。

「お世話様です、石井です。さっきは電話に出れなくてすみませんね!……レコードを聴いていたもんで」

プロフィール

石井“EC”志津男

いしい・しづお|1945年、千葉県鴨川生まれ。株式会社「OVERHEAT MUSIC」代表、レゲエ専門レーベル〈OVERHEAT RECORDS〉プロデューサー、雑誌『Riddim』発⾏⼈。1981年に日本で初めて映画『Rockers』を配給し、これまでサロンミュージックやMUTE BEATなど数々のアーティストのマネージメントを⾏う。アルバム制作として伝説のスカ・バンドDeterminationsの『Full of Dterminatios』、監督としてジャマイカのヴィンテージミュージックのドキュメント映画『ラフン・タフ』(2006年)、著書/監修として、『レゲエ・ディスク・ガイド』(⾳楽の友社)、「ラフン タフ:ジャマイカンミュージックの創造者たち」「Technics SL-1200の肖像」「The Rocksteady Book」「Tail of Riddim レゲエとストリート・カルチャーの話 1979―2020」(全てリットーミュージック)などがある。

Official Website
https://overheat.com/

instagram
https://www.instagram.com/shizuo_ishii_ec/