TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#3】Common Room

執筆:川口涼子

2025年12月28日

 ぬくぬくしたcomfort zoneを抜け出して、刺激や流行に触れることも大切ですが、思い立ったときにふらっと立ち寄れて、いつ訪れても自分の居場所がすっと見つかるような、肩の力を抜いて過ごせる場所のほうが、頼りになります。そうした場所のストックがあれば、それだけで安心します。

 イギリスの高校や大学には、必ず「Common Room」と呼ばれる、学生たちの共有ラウンジのような部屋があります。私が学生だった頃のそれは、たいてい広い四角い空間で、ソファや椅子がずらりと並んでいました。長く過ごした記憶はほとんどなく、正直に言うと、あまり落ち着かない場所だった気がします。

 Town Talk、つまりは「世間話」のコラムでこんなことを書くのも申し訳ない気がしますが、昔からこの世間話(small talk)が苦手です。パーティなどで大勢の人が集まり、会話そのものが主役になる場は、私にとってはちょっとした悪夢に近いものです。Common Room もまた、話すことだけが前提とされている空間だったからこそ、居心地の悪さを感じていたのかもしれません。本来ならくつろぐための空間のはずが、私にとっての「居心地の悪さ」の基準になったように思います。限られた利用者のため、ひとつの目的のためにつくられた場所で、逃げ場がなかったからでしょうか。

 ロンドンに住んでいた頃、地元にあった郵便局は、なかなか面白い場所でした。もともとは19世紀に建てられた教会で、日曜日は本来の用途どおり礼拝に使われ、月曜日になると一変します。郵便局をはじめ、カフェ(ごく普通の)、子どものプレイエリア、債務相談の窓口が、同じ空間に共存する、ゆるやかな複合施設になるのです(ちなみに教会の牧師先生が郵便局長も兼ねています)。いつもそれなりに賑わっているのに、必ず席が見つかり、お茶を飲みながら、ステンドグラスの神秘的な光の中で繰り広げられる、とても日常的な光景を眺める時間は、実に平和でした。

The Sherriff Centre:教会と郵便局の複合施設
photo:Grainge Photography

 万人にとって居心地のいいCommon Room(みんなの居場所)というものは、存在しないのかもしれません。私にとってほっとできる気楽な場所は、特定の人たちだけの空間ではなく、年齢も背景も異なる人たちが、互いを気にせず、それぞれ好きな時間を過ごしているところです。ひとつの目的だけで成り立っているのではなく、いくつかの機能が重なり合うように存在している場所です。そして、建築家として言うのもなんですが、そうした場所は、新たに用途を定めて設計された空間よりも、地域の記憶を宿した建物が、長い時間をかけて用途を変えながら柔軟に使い続けられてきた場所であることが多いように思います。

 なかなか見つかりませんが、今日も東京の Common Room を探して、アンテナを張りながら歩いています。

プロフィール

川口涼子

かわぐち・りょうこ|1978年、イギリス生まれ。建築家。ロンドンを拠点に学校や図書館、区役所、遊歩桟橋など公共施設のプロジェクトを中心に活動したのち、2024年に帰国。現在は住宅設計や古民家再生に携わりながら、次のステップを模索する日々を送る。好きなものは食、散歩、図工、手芸、本棚鑑賞、そして犬。

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